19 包帯をとる日がきました。
私は揃えて高々とあげた脚を、ソロリとベッドの上に戻した。
あと、捲れあがったワンピースの裾も。
そしてあっという間にこの怪しいポーズについて、始まったお説教タイム。
「入ってきたのが僕以外だったら、どうするつもりだったの?」
そんなことあり得ない筈、ですよね?
「あんな格好で…」
あれはヨガでお腹が痩せるといわれてるポーズで……うろ覚えだけど。
「こんなところまで見えてた」
そう言ってワンピースの裾から掌を忍び込ませ、太腿を撫でるユーリ。
やめてーっ、その手つきやめてーっ!
あ、私はまたしても彼の膝の上です。
体重が気になる今となっては、ものすごく居心地が悪いです。
私がモゾモゾしだしたせいか、ユーリは私をベッドの縁に座らせ、自分はその正面に膝をついた…ようだった。
私と然程変わらない高さから聞こえる彼の声。
膝から下ろされたのは、私が重かったからじゃない、と思いたい。
「そもそも、どうしてリコはそんな事してたの?」
それを私の口から言わせますかーーっ。
初めは、ただ疑問に思っただけ、という風情だったユーリの声は、答えを渋る私を前にどんどん低くなっていき、結局私は痩せたい理由以外の全てをぶちまける羽目になった。
「二ヶ月前助けた直後のリコは、頬が痩けて目の下に隈があって、師匠が言うには、数日殆ど何も口にしていない、と思われる状態だった」
そんな話初めて聞いたよ!?
「助けたあとも高熱で意識は戻らないし、水分を取らせるのが精一杯だった」
ユーリは、私の頭に染み込むのを待つように、ゆっくりと言った。
「目を覚ました時はガリガリに痩せてて、ウロウロ歩き回れたのは師匠の魔法で体力の回復をしてたからだよ」
ガリガリは言い過ぎかと。自分で触った感じ、そんなに違和感無かったような?
いえっ!スミマセン!!
ジェニーさんには感謝しかございません!
「やっとここまで健康そうになったのに、また痩せたい、とか意味がわからない。いったい何のため?」
うわーっ!それこそ絶対言いたくない。ポヨ肉をユーリに見られたくないなんてっ。
私はキュッと自分の唇を噛んだ。
言わない言わない、言うもんか。
そしたら正面からそっとユーリの腕に包み込まれ、彼のため息が背中に落ちた。
「ね、リコは、こんなに抱き心地がいいのに、それを僕から取り上げるの?」
ユーリのサラサラの髪が、私の頬を擽る。
「痩せてても太っててもリコはリコだけど、僕はこれくらいの方が、……もう少し太ってもいいくらいだ」
「…ユーリは私のこと、重いとは思わないの?」
彼は身体を離して言った。
「僕が?そんなこと言ったことある?」
「……ないけど」
羽のように軽い、となら言われた。冗談でだけど。
「ないけど、何?」
「男の人って、痩せてスタイルのいい人が好きなんじゃないの?」
「男の人…って何処の誰?」
あれ?なんか会話がおかしな方向に?
「えっ!?何処の誰、って一般論よ?一般論!」
「余所の男のことは知らないけど、僕は今のリコがいい。それともリコは、余所の男のために痩せたいの?」
まさかそんなっ。
「でもほらこんなにタルンタルンなんだよ?」
腕を持ち上げて二の腕を摘まんで見せる。
さっきまでは絶対隠したい、と思ってたのに、なんかもうどうでもよくなってきた。
「柔らかくていいんじゃない?」
明らかに機嫌が直ってきた声に、ユーリがいいならもういいや、と私も開き直る事にしたのだった。
でもタルンタルンにも需要があったとは、ちょっとだけ驚いたよ。
そして翌日。私は緊張の朝を迎えた。
今日はジェニーさんが来てくれて、私の目の包帯が取れる(予定の)日だ。
私も緊張してたけど、ユーリもなんだか緊張している風だった。
ジェニーさんが昼からの方が都合がいいと言ったとかで、ユーリは昼食が終わって少ししてから、外の魔法陣の前に立った。
「じゃあ、行ってくる。リコは家に入っていて」
その声がやっぱり少し硬いように思ったので、私は玄関のドアから手を放し、彼の方に差し出した。
慌てたように伸びてきた腕が、私を支える。
「どうしたの?リコ」
戸惑った声。
私はなんだか可笑しくなった。
「どうしてユーリがそんなに緊張してるの?」
そう言うと、ユーリも少し笑ったようだった。
「僕にも色々あるの」
そして私をふんわり抱き寄せて、囁いた。
「僕はリコが好きだよ。……だから、お願い。変わらないで」
「え?」
何それ、と思った時にはユーリの手で家の中に運ばれ、いつも通り玄関に魔法がかけられた。
すぐに戻るから、と彼の声が聞こえて直後揺らぐ空気。
行っちゃった、と思った。
何あの台詞。
いったい何が変わるっていうの?
まさか体型?昨日のまだ続いてた!?
それしか思いつかなかった私に罪はない、と思う。
「あ、リコちゃん!?お待たせーっ。元気そうになったね!」
「ジェニーさんジェニーさ…んっ!」
それから30分程もして再び空気が揺らぎ、玄関が開くのを待ち構えていた私に懐かしい掠れた声が聞こえた。
私はもう言葉にならなかった。
「あらら、また泣いちゃったわ。泣き虫さんだね」
「ううっ、うーーっ」
クスクス笑いながらジェニーさんが抱き寄せてくれようとしたら、横から引っ張られいつもの薫りの腕に包まれる。
「ふぉっ!?」
吃驚して変な声がでた私。
「うわぁ、余裕のない男は嫌われるよ?ユーリちゃん」
ジェニーさんは呆れ混じりの声で言った。
なんとでもいって、と私をホールドしたまま言い返すユーリ。
なんだか色々恥ずかしくて、涙も引っ込んじゃいましたよ。
てゆうか、ジェニーさん私たちのこと知っているのですかっ!?
「ま、ここで立ち話もなんだし、中に入ろうか?」
2ヶ月前の1週間程をここで過ごしているジェニーさんにとって、この家は勝手知ったる家だ。
自分の家のように先に立って歩くジェニーさんに続き、私たちも居間に入った。
抱き上げられなくてよかった、と心の底から思った。
居間には三人掛けのソファーが1つしかない。そこにこの三人が並んで座るのは、絵面的に明らかにおかしいと思う。
なので、なんとなくテーブルの方に向かいかけたら、ユーリがソファーに誘導してくれた。
私とジェニーさんが心持ち斜めに向かい合う感じで、ユーリは私の後ろに立ったようだった。
「じゃあ、早速診察始めますか」
「え、もう?」
待ちきれない人もいるみたいだしねー、とジェニーさんが笑って私の頬に手を添えた。
待ちきれない人ってユーリの事?
そういえばさっきから殆ど喋らない。
ジェニーさんにやや上向き加減で頭を固定されて、覗き込まれてる気配がした。
頬に添えられた手の片方が、包帯のままの右目の上に移動して、熱を感じる。
ドクドクと眼の奥に流れる何か。
「痛くはない?」
問われて、少しあったかいだけです、と答えた。
続けて左目。
同じように流れる何か。
これが魔力なんだろうか。
「はい、異常無し。もう包帯取っても大丈夫よ。今までよく頑張ったね」
ジェニーさんの快活な声。
私はすぐにでも包帯を外してもらえるものと思って少し肩に力が入ったのだけど、彼女はスッと立ち上がった。
気配を追いかけるように上を向くと、ジェニーさんの手が私の頭を撫でる。
「じゃ、あたしはもう帰るから、あとは二人でごゆっくりー」
「えええっ!もう帰っちゃうのっ!?」
反射で叫んでしまった。
「師匠……、リコは凄く楽しみにしてたから、お茶くらい飲んでいって」
ユーリの声、なんか疲れてる?
それにジェニーさん、もし忙しいのだったら無理を言うわけにはーーー。
でもお礼も言いたいし、話したいこともいっぱいあるんだけど。
ワタワタする私を見て、ジェニーさんはプッと吹き出した。
「ユーリちゃんがいいなら、あたしは全然構わないんだけどさ」
そう言って、彼女はとうとう笑い出したのだった。
助けられた直後、泥まみれの私をお風呂に入れてくれたこと。
治療して世話をしてくれた事ももちろんだし、あとから気づいた事もある。
今着てるこれらの服や下着、靴に至るまで、全てジェニーさんがサイズを測って用意してくれたのだと聞いていた。
ずっとお礼を言わなきゃ、と思ってて言えなかったので、堰を切ったようにジェニーさんの手を握って捲し立てた。
「服を選ぶのは楽しかったよ。あたしには似合わなくて諦めてたような服も、リコちゃんならバッチリだったからね。あたしの憧れの服ってやつ」
へぇ、そうなんだ。これがジェニーさんの憧れの……。
全部の服が、上下一緒になったワンピースかドレス的なものばかりだったので、これは目の見えないあたしがコーディネートに困らないように選んでくれたのか、この国の流行りがこうなのか謎に思っていたけど、ただ単にジェニーさんの好み……、という説も浮上。
今は手触りや大まかなデザインしかわからないけど、包帯を取ったらクローゼットの中を見るのも楽しみかも。
そうしてユーリの淹れた紅茶を飲みながら話しは続き、私の包帯はいつまでたっても外される気配はなかった。
私は楽しみでありながら何故か怖いという気持ちもあって、自分からは言いだし兼ねていたのだけど、やがて話が一段落したと見るや、ジェニーさんがカタリと音をたて、立ち上がった。
「じゃあ、今度こそあたしは失礼するね」
気軽に告げられた別れの挨拶に、私も慌てて立ち上がった。
「え、もう?包帯は?」
「え?ユーリちゃんから聞いてないの?」
何を?
ジェニーさんはキョトンとする私に、……いや、多分ユーリに、
「うっわぁ、甘酸っぱ…。助けて、おばさんには恥ずかしすぎる」
と、ニヤニヤした声で、……声にニヤニヤっていうのも変だけど、そうとしか表現しようのない声で言ってのけた。
そして私に向かっては、包帯はユーリちゃんが取ってくれるからね、と言ったのだった。
状況はわからないなりに、きっとユーリがジェニーさんに何か言ったんだ、ということくらいはわかる。
「ジェニーさんの顔、見られないの?」
ポツリと呟くと、思った以上にしょんぼりした声になった。
だって、それもずっと楽しみにしてたんだよ。
そしたら、いきなりジェニーさんに抱き寄せられた。
「……なにこの可愛さ、連れて帰って妹にしたい。ユーリちゃんがメロメロなのわかる」
吃驚して固まってる私の耳許で囁いた。
「ユーリちゃんにいじめられたら、いつでもあたしのところに、おいで」
掠れた声があんなに色っぽい、と思ったのは初めてだった。
「師匠っ!」
「うわ、怖っ!はいはい、もう帰りますー」
私から離れたジェニーさんは、いつもの快活な声で言った。
「じゃ、王都に来たらいつでも会いに来て。あたしの顔はその時のお楽しみにしといてねぇぇ」
最後の方は段々声が離れていって、どうやらユーリに引きずられてるらしかった。
急いで、といっても壁伝いにしか無理だけど、あとを追いかける。
「ありがとう、ありがとう!ジェニーさんっ!」
玄関で声を張り上げたら、
「またね、リコちゃん」
と、声が返ってきて空気が揺らいだ。
ジェニーさんは帰っていった。
そのまま玄関で立ち尽くしていると、ユーリは一声かけてから、私を掬い上げるように抱っこして居間へ戻った。
人目さえなければ、こんな抱っこにも抵抗が無くなりつつある自分が恐い。
ソファーに下ろされ肩の力を抜くと、ユーリは緊張の滲む声で言った。
「包帯を、取ろうか」
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。




