第53話 古い海図と、海のダンジョンへの招待状(11)
昼前……
シーグラス号は、ゆっくりと港を離れた。
帆が風を受け、船尾の魔石が淡く輝く。
推進装置から低い振動が伝わり、船体が滑るように前進した。
「出航だ!」
レオンが船首で声を上げた。
俺は手すりにつかまり、町が遠ざかっていくのを眺めた。
港の建物が小さくなる。
潮の匂いが強くなる。
海面は穏やかで、空には白い雲が浮かんでいた。
異世界で初めての本格的な船旅!
しかも、これから向かうのは海底遺跡のある海域だ!
冒険の始まりとしては、悪くない。
「新作、見よ!」
キュモポレイアが、船の反対側から俺を呼んだ。
「新作」
「ん?」
「そなた、今、楽しそうな顔をしておるぞ」
「……そうか?」
「うむ。釣りの話をしているときのそなたは、いつもそんな顔じゃ」
俺は少し照れくさくなり、海へ視線を戻した。
「まあ、好きだからな」
「ならば、よいことじゃ」
キュモポレイアは、珍しく穏やかな声で言った。
「好きなものを追いかけるのは、人間に許された特権じゃからな」
……この女神、たまに妙にいいことを言う。
その直後──。
「ところで新作! あの魚は食べられるのか?」
「台無しだよ!」
俺のツッコミが、青い海へと響き渡った。
◇◇◇
「何だ?」
「海が美しいぞ!」
「そりゃ、海だからな」
「違う! よく見るのじゃ!」
彼女が指さした先──海面の下を、銀色の魚の群れが通り過ぎていった。
一匹一匹が手のひらほどの大きさで、身体の側面に淡い光を帯びている。
その群れは船の下をくぐり、波間へと消えていった。
「……きれいだな」
俺は思わず呟いた。
この世界の海には、まだ見たことのない生き物がいくらでもいる。
いつか、そういう魔獣を一匹ずつ釣り上げて、図鑑を作ってみたい。
どんな餌を食べるのか、どこに棲んでいるのか、どういう習性を持っているのか、考えるだけで、俺の胸が躍った。




