第2話 プロローグ【悪戯波と、釣り人の最期】(2)
「うそだろ……っ!」
逃げなければ。
俺は咄嗟に、そう思った。
まあ、思ったのに、足が動かなかった。
テトラポッドの隙間に、靴の先が引っかかっている。
俺は体勢を崩し、膝をついた。
慌てて足を引き抜く。
その間にも、水の壁は近づいてくる。
海面が見えない。
空と海の境目が消えている。
それでも俺の意識が遠ざかる。
海の青が、暗闇に変わる。
俺の脳裏に、最後に浮かんだのは、先ほどまで握っていた竿のことだった。
あのミノー、まだ回収してなかったな。
そんな、どうしようもなく間抜けな考えを最後に、俺の意識は途切れた。
◇◇◇
これは駄目だ……。
俺の本能が、そう告げていた。
竿なんてどうでもいい。
リールもルアーも、全部捨てていい。
俺は生きなければ。
俺は生きて帰らなければ。
「くそっ、動けよ!」
ようやく俺の足が抜けた。
俺は走った。
濡れたテトラポッドを踏み、滑り、手をつきながら、少しでも高い場所へ向かう。
しかし、間に合わない。
背後から、轟音が迫ってきた。
海が咆哮している。
俺は振り返った瞬間──見てしまった。
自分が一生かけても釣り上げられないような巨大な魚影が、水の壁の向こうを泳いでいた。
――いや、そんなものがいるはずがない。
俺は考える暇もなかった。
津波が、俺を飲み込んだ。
衝撃! 浮遊感! 全身を叩く水の圧力!
自分の位置が! 上下も左右もわからなくなる……。
俺は何かにつかまろうと手を伸ばしたが、指先をかすめるのは冷たい水ばかりだった。
俺は息ができない。
俺の肺が苦しい。
俺は水を飲み込む。
俺がもがけばもがくほど、身体は深い場所へ引きずり込まれていく。
――嫌だ……。まだ死にたくない……。
せめて、最後にもう一匹くらい釣りたかった。
こんな終わり方、あんまりだろ。




