第114話 出航前のトラブルは、お約束です(1)
翌朝──。アクアベルの港には、朝日が差し込んでいた。
波は穏やかで、空には雲一つない。
先日の津波が嘘だったかのように、港は活気を取り戻しつつあった。船乗りたちが荷物を運び、商人たちが声を張り上げ、漁師たちは朝の水揚げを始めている。
その一角に、俺たちの潜水艇が停泊していた。
「……よし」
俺は装備を確認する。
魔力リール竿、予備のリール、各種ルアー、回復薬のポーション、魔石、食料、防水袋……。
さらに、海中での作業を想定して、魔導ライトと緊急浮上用の魔石も用意した。
「準備完了だな」
「新作、魚用の餌はどこじゃ?」
「今回はルアーフィッシングだから、基本的には餌はいらないぞ」
「何じゃと!? 魚を釣るのに餌がいらぬのか!?」
「ルアーっていうのは、魚が食いつきそうな動きを再現して誘うんだよ」
「ほう、偽物で本物を釣るということか!」
「まあ、そういうことだな」
「人間の釣りは、なかなか奥が深いのう!」
キュモポレイアは感心したように頷いた。
……よかった! こいつも少しは釣りの面白さを理解してくれたらしい。
そう思った次の瞬間──
「では、わらわもルアーを投げてみたいぞ!」
「いや、ここで竿を振るなって!」
《ブンッ!》
異世界ファンタジーのテンプレ通りに、駄女神が振り回した竿から、ルアーが飛んだ。
その先には、港で荷物を積み込んでいた商船の帆柱がある。
《カツンッ!》
「……あ」
「おいおいおい!」
ルアーが帆柱に引っ掛かった。
しかも、魔力リールの糸が妙な方向へ絡みついている。
「キュモポレイア! 何やってんだ!」
「す、すまぬ! 思ったより遠くへ飛んだのじゃ!」
「そういう問題じゃない!」
商船の船長が、こちらを振り向いた。
「おい! そこの兄ちゃん! 出航前に何をやってる!」
「すみません! 今すぐ外します!」
俺は慌てて船へ駆け寄った。
その後、ルアーを外すのに十分以上かかった。
しかも、キュモポレイアは反省しているようで、俺が作業している間ずっと横から口を出してきた。
「新作、もっと右じゃ!」
「お前が引っ掛けたんだろ!」
「いや、糸が左へ回っておるぞ!」
「わかってるって!」
「ほう、人間の釣りは大変じゃのう!」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
港にいた魚人やリザードンマンの人たちが、くすくすと笑っていた。




