第104話 海の女神と、失われた記憶(3)
「そなたを巻き込みたくなかった」
「……え?」
「そなたは、本来なら普通の冒険者として、この世界で生きていくはずだった。わらわの失敗で命を落とし、転生することになったのじゃ。それなのに、また危険な目に遭わせるなど……」
彼女の声が震えた。
「わらわは、そなたに謝罪するために、一緒に来たのじゃ。そなたを守るために……」
俺は、言葉を失った。
そうだった。
俺は、キュモポレイアの悪戯波によって命を落とした。
その責任を取るために、ポセイドン様が異世界へ転生させてくれたのだ。
彼女にとって、俺は償いの対象だったのかもしれない。
けれど、今は違う。
少なくとも、俺にとっては。
「……なあ、キュモポレイア」
「……何じゃ?」
「俺は、お前を恨んでいないよ」
女神が、顔を上げた。
「新作……?」
「確かに、前世ではひどい死に方をした。でも、こうして新しい人生をもらえた。釣りもできるし、魔獣とも仲間になれる。お前と一緒に、いろんな場所へ行ける」
俺は、笑った。
「だから、もう謝らなくていい」
「……っ」
キュモポレイアの瞳から、涙がこぼれた。
「そなたは……本当に……」
彼女は、俺の胸に顔を埋めた。
「……ありがとう」
その声は、今まで聞いたどの声よりも小さかった。
俺は、彼女の頭をそっと撫でた。
女神の髪は、海水のように冷たく、柔らかかった。
そのとき。
『……鍵を持つ者よ』
海竜の声が、再び響いた。
俺たちは、顔を上げた。
『深海の門を開くには、三つの海印が必要だ』
「三つの海印?」
『潮の海印。嵐の海印。そして、深淵の海印』
海竜は、ゆっくりと頭を下げた。
『汝らが深海の門へ至るとき、我は道を示そう』
その身体が、青い光に包まれる。
やがて、海竜は海の中へ沈んでいった。
波紋だけが、静かに広がる。
俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「……三つの海印、か」
「うむ。海底神殿の奥へ進むために必要なものじゃろう」
「それを集めないと、門は開かないってことか」
「そう考えてよかろう」
俺は、魔力リール竿を見つめた。
【新しい能力】
【新しい仲間】
そして、世界を揺るがすかもしれない謎……。
どうやら、俺の異世界冒険は、思っていたよりも大きなものになりそうだ。
◇◇◇




