第103話 海の女神と、失われた記憶(2)
そのときだった。
海面に、青い光が浮かび上がった。
先ほどの海竜が、ゆっくりと姿を現したのだ。
だが、先ほどとは様子が違う。
赤黒い魔力は消え、身体を覆う古代文字も穏やかな青色に戻っていた。
海竜は、俺たちを見つめた。
『……感謝する』
奴の声が俺の脳、耳へと響く。
「……もう、暴走しないのか?」
『黒き呪縛は消えた。だが、封印の崩壊は止まっていない』
「どういうことだ?」
『我を操っていたものは、海底神殿の奥から流れ出した魔力の一部にすぎぬ』
俺は、息をのんだ。
「じゃあ、海底神殿には、もっと危険なものがいるのか?」
『……深海の門』
海竜の瞳が、暗く輝いた。
『その向こうに、海の理を歪めるものが眠っている』
キュモポレイアが、顔を強張らせた。
「……やはり、そうなのじゃな」
「キュモポレイア。お前、何か知っているんだろ?」
俺は彼女を見た。
「さっきから、ずっと様子がおかしい。あの神殿と、お前には何か関係があるのか?」
女神は、すぐには答えなかった。
やがて、海竜を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……あの神殿は、わらわの母に関係する場所なのじゃ」
「母?」
「海の大女神、アンフィトリテ。ポセイドンの妻であり、わらわの母じゃ」
俺は目を見開いた。
ポセイドンさまの娘であるキュモポレイア……。
その母親もまた、海を司る女神だという。
「かつて、母上は深海の門を封じた。門の向こうには、海の秩序を乱す古代の力が眠っておる」
「古代の力……」
「その力が目覚めれば、海流は乱れ、嵐が荒れ狂い、津波が世界を襲う。海だけではない。海と陸の均衡そのものが崩れてしまうのじゃ」
俺は、水平線を見つめた。
この世界は、海と地上の惑星ポワン……星の大半が海でできている星なのだ。
だから海が乱れれば、地上の生活にも大きな影響が出る。
つまり、海底神殿の封印が崩れれば、この世界そのものが危険にさらされる可能性があるのだ。
「……どうして、そんな大事なことを今まで黙っていたんだ?」
俺の問いに、キュモポレイアはうつむいた。




