第102話 海の女神と、失われた記憶(1)
波は、港へ到達する直前で勢いを失った。
町へと押し寄せていた水が、まるで何かに導かれるように海へ戻っていく。
海面に浮かんでいた魔法陣も、一つ、また一つと消えていった。
港の防御陣が、青白い光を放つ。
やがて、轟音が収まった。
町は静寂……。
波の音だけが、港に響いている。
「……止まった?」
俺は、呆然と海を見つめた。
巨大な津波は、消えていた。
港の船も、町の建物も、完全に無事とはいえない。
だが、町が壊滅する最悪の事態は避けられた。
「……やった」
俺は、その場に座り込んだ。
「やったあああああああああっ!」
思わず叫んでしまった。
その瞬間、キュモポレイアが俺に飛びついてきた。
「新作! よくやったのじゃ!」
「うわっ!?」
女神の腕が、俺の首に回る。
青い髪が頬に触れ、潮の香りがした。
「そなたは、本当にすごいのう!」
「いや、俺だけの力じゃないって!」
「それでもじゃ!」
キュモポレイアは、嬉しそうに笑った。
いつもの自信満々な笑顔……。
けれど、その目には、少しだけ涙が浮かんでいた。
「……ありがとう、新作」
小さな声だった。
「わらわ一人では、あれを止められなかったかもしれぬ」
「そんなことないだろ。お前が海流を抑えてくれたから、俺も魔石を狙えたんだ」
「……うむ」
女神は、俺の胸元に額を寄せた。
「そなたがいてくれて、よかった」
その言葉に、俺の心臓が一瞬だけ跳ねた。
……いや、待て。
相手は女神だ。
しかも、津波と嵐を司る、とんでもない存在……。
変な期待をするな、俺……。
俺は自分に言い聞かせながら、そっと彼女の肩に手を置いた。
「……これからも、一緒に頑張ろうな」
「うむ!」
キュモポレイアは顔を上げた。
そして、いつもの調子で言った。
「では、褒美として、夕食は豪華な魚料理じゃ!」
「結局それかよ!」
俺は女神にツッコミを入れ、思わず笑った。




