↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

一話・後 日野咲子

 そういうわけで現在に至る。

 本当なら今ごろクーラーの効いた涼しい部屋で飴食べながらゴロゴロしていたところだったのに、夏休みの初っぱなから部の合宿なんか行きたくない。

 最初から真由の紙芝居に接していれば、ちゃんと自分の意見を伝えていれば。後悔は尽きないけれど、いよいよ信条に甘えつづけた代償を払うときなのかもしれない。

「あ、咲子さーん!」

 生暑さを消し飛ばすような快活な声に振り返ると、真由が旅行鞄を抱えてこちらへ走ってきていた。その後ろには仏頂面を引っさげた堤くんも。

 真由が無意味に抱きついてこようとするのでひらりと身をかわし、ついでに三個目の沖縄黒飴を口に入れる。堤くんはあたしたちのそばまで来ると、挨拶もクソもなく片手で文庫本を開いた。なんだろう、二人のこのいつも通りな感じ。落ち込んだ気分なのってあたしだけ?

「揃ったね。じゃ、乗り口に行こっか」

 たしか三号車だったはず。足をそちらに向けようとすると、真由に手を取られる。

「揃ってないよ?」

「は?」

 そのときだった。

「おーい、お待たせー!」

 階段の方から、いやに聞き覚えのある声がした。

「あぁ間に合った。いやね、下の売店でカツサンド買うかコロッケサンド買うかで迷ってさ、気づいたら二十分くらい経ってたんだ」

 吉村浩介(よしむらこうすけ)だった。細い目をいっぱいに緩ませ、嘘くさいほど爽やかな笑みを浮かべている。塩顔系の美形といえばそうなのかもしれないが、あたしにはどうしても胡散臭い詐欺師にしか見えない。

 吉村くんはあたしらと同じく夏制服に旅行鞄を携え、当たり前みたいにあたしたち三人の輪に入ってきた。

「なんか、不審者が混ざってるんですけど」

 吉村くんを指しながら部員二人に抗議の視線を送る。真由は小首を傾げるばかりなので、仕方がないというように堤くんが文庫本から目を上げた。

「日野は聞いてなかったか。吉村は文化祭の実行委員なんだ。俺たちが締め切りを守れなかったのもあって、進捗の監視をするために参加することになったらしい」

 そういうこと、と吉村くんは笑う。報連相が足りないのはこいつらも一緒か。

「いやそれにしても文芸部、一体どんだけ沈んだ顔してんのかと思ったら、心配して損したよ。真由ちゃんはいつも通り頭にお花畑咲いてるし、堤くんも相変わらずセメント流し込んだみたいにガチガチ固定フェイスじゃないか。咲子さんくらいじゃない? 死んで間もない活け造りの魚のような目をしているのは」

「それ、死んだ魚のような目じゃダメなの?」

 あたしはため息を吐き、ずり落ちかけた旅行鞄の紐を肩に掛けなおした。


 新幹線の指定席に落ち着く。

 イチゴのフルーツサンドを食べ終えた吉村くんは(カツサンドとコロッケサンドはどこいった)、袋を捨てに行くと言って席を立った。

「あたしもお手洗い」

 彼の背中を追いかける。

 デッキに設置されたゴミ箱にサンドイッチの袋を捨てると、あたしに気づいた吉村くんはにこりと笑いかけてきた。あたしは腕を組み、デッキの手すりに腰を預ける。

「で、今度はあんた何企んでんの」

「人聞きが悪いなあ、実行委員の監視業務だって言ってるじゃないか」

 あたしは胡乱な眼差しを彼に向ける。

「監視の必要がないって言ってんの。進捗が知りたいだけなら、メッセージかメールで催促してくれれば途中経過のPDFでも送るわよ」

 吉村くんは演技っぽく諸手を上げ、次にポケットからスマホを取り出した。何か操作して寄越してくる。画面に表示されていたのは、とあるニュースサイトの記事だった。

「二つ、気になる事件がある」

 そう彼は言う。あまりに予想通りなので、あたしはノーコメントで記事に目を落とした。


 ■■■


『Y・I新聞』静岡版:三年前7/9

◎朝田奏(あさだそう)さん山岳遭難事故

 南アルプスで登山中の男性行方不明 同行の妻は軽傷で救助

 7日午後、南アルプス南部の登山道で、県内在住の朝田奏さん(24)と妻・乃愛(のあ)さん(24)の夫婦が下山時刻を過ぎても戻らないと通報を受け、県警山岳警備隊などが捜索を開始した。

 当日は積乱雲が急速に発達し、現場一帯は局地的な豪雨に見舞われていた。登山道の一部が土砂で決壊し、上流にかかる吊り橋も損壊していたことが確認されている。

 捜索の結果、乃愛さんは頭部に外傷を負った状態で沢付近にて発見・保護された。命に別状はないという。一方、奏さんの行方は依然として分かっておらず、県警は今後も捜索を続ける方針を示している。

 夫妻は登山届を提出しており、計画通りのルートを進んでいたと見られる。関係者によると、二人は結婚記念日を兼ねて入山していたという。


 ■■■


「よくある山登りの遭難事故だね」

 スマホを返すと、吉村くんはさらに画面を操作した。

「今回の合宿先、『かざみの里』。現地スタッフの名前に何か聞き覚えはないかい」

 あたしはデッキの天井を見上げ記憶を探る。自分のスマホは座席に置いてきてしまった。

「たしか、施設長は川和(かわわ)さんって人で……」

「川和乃愛(かわわのあ)さん」

 あたしは視線を吉村くんに戻す。

「数年前までは朝田乃愛さんという名前だったみたいだ。それで、今は旧姓に戻っている」

 特別失踪、という言葉が頭をつく。

 通常の行方不明では未発見から七年経つと死亡扱いとなるが、事故や災害等での行方不明の場合、一年という短い期間で失踪宣告(死亡扱い)となる。そんなことを吉村くんは説明してくれた。

「残念ながら奏さんは見つからなかったみたいだね。失踪宣告されたからって必ずしも苗字を戻す必要はないけれど、乃愛さんは旧姓を選んだみたいだ」

 あたしはポケットに入っていたラスイチの沖縄黒飴を食べた。

「何もおかしなことはないと思うけど」

「うん、ここまでは何もおかしくはない。僕がもっと気になるのはもう一つの事件の存在。同じく三年前の事件で、奏さん夫婦遭難事故からほんの三ヶ月後に起こったことだ」

 別のネットニュース記事を見せられる。「もう一つ開いてあるタブの、web版週刊誌の方も一緒に読んでみて」と指示された。


 ■■■


『T新聞』全国版:三年前10/6

◎都内の夫婦失踪 自宅に血痕

 都内のマンションに住む会社員・後藤仁(じん)さん(25)と妻・芽愛(めあ)さん(24)の夫妻の行方が分からなくなった。

 近隣住民が後藤さん宅に数日間生活の気配がないことを不審に思い、管理会社を通じて警察に通報。室内を確認したところ、寝室付近の床などに血痕が残されていた。数日間在宅していた痕跡はない。現場に争ったような形跡はなく貴重品等も残されたままだったという。

 血液鑑定の結果、芽愛さんのDNA型と一致することが判明した。もっとも、芽愛さんには一卵性双生児の姉妹がおり、一卵性双生児は原則として同一のDNA型を示すことから、DNA型のみで血液の由来を芽愛さん本人と断定することはできない。

 捜査関係者によると、姉妹は事件当日別の場所で過ごしていたことを複数の知人から確認しており、捜査本部はこうした周辺事情も踏まえ、血痕は芽愛さん本人のものとして調べを進める方針。


『週刊S』U社(Web版):三年前10/25刊行

◆新婚夫婦はなぜ消えた? 夫の不可解すぎる言動につのる違和感

 都内在住の会社員・後藤仁さん(25)と妻・芽愛さん(24)の夫婦がこつ然と姿を消した一件。自宅には血痕が残されていたというから穏やかではない。

(中略)

 実は芽愛さん、チャンネル名『meaのおうち』で活動する登録者13万人規模のYouTuber。「丁寧な暮らし」をテーマに、夫婦の日常やインテリア、手料理などを紹介するチャンネルを運営していた。「理想の夫婦生活」、「見ているだけで癒やされる」など好意的なコメントが並ぶ。だが行方が分からなくなって以降、動画の更新も途絶えている。

 『meaのおうち』は出演者の顔を映さないコンセプト。芽愛さん本人や夫の仁さん、ときおり登場する「妹」らしき女性ゲストも、一様に顔出しなしで首から下か、手もとしか映らない。

 血液のDNA型の件も然り、事件後ネット上では『一卵性双子』に関する考察が後を絶たない。「動画のあの手もと、本当に本人だったのか」など、動画投稿タイミング等を参考に双子入れ替わり説の可能性を示唆する者もいるようだ。

(中略)

 そして本誌が入手した、最も気になる証言がこれだ。

「最近の仁さん、なにか様子がおかしかったんです。急に奥さんのことを疑うようなことを言い出したり……」と語ってくれたのは、仁さんの知人Rさん。

「妻とそっくりな別人が、妻のフリをしているかもしれない」と仁さんは口にしていたという。この不可解な言動はたんなる冗談か、妄言に過ぎないのか。それとも彼は、何らかの真相を知っていたのではないか──。


 ■■■


 あたしはスマホから目を離す。

「芽愛と乃愛で、当時どちらも24歳。つまり、この後藤芽愛さんって人の双子の妹が、川和乃愛さんだって言いたいわけ?」

 吉村くんは鷹揚にうなずいた。こういう事件の情報収集マニアの彼のこと、ある程度裏は取れているのだろう。

「三年も前の事件にしては全容がほとんど見えていないみたいだけど、なに、もしかして吉村くんも双子の入れ替わり説を信じてる? 推理小説じゃあるまいし」

「そこまでは言ってないさ。ただ、この二つの事件はもっと複雑な構造をしていると僕は見るね」

 そして吉村くんはあたしの肩を叩いた。

「咲子さんの向かうところ不和ありってね」

 あたしは吉村くんの手を払いのけた。

「人をコナンくんか金田一みたいに言わないでほしいんですけど」

「咲子さんが出会う事件って、よっぽど変質的なのばかりだよね」

「それに関してはあたしのせいではない」

 おもちゃで遊ぶ子どものような笑みをして、吉村くんは客室に戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。