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十六話:メイド服と聖女

 「へっへー、どうこれ? 似合ってる?」

 「……まあ、はい」


 ベルが不機嫌そうに言った。俺と同じくメイド服に着替えたというのに、妙にテンションが低い。

 似合っているか似合っていないかで言うとハッキリ言って似合ってはいない。面が良すぎる。

 どう見ても下女ではない、一目でお高いお身分のお方だと分かる。


 その点俺は溢れ出る野蛮なオーラから明らかに貴族だとは思われないだろう。ある意味完璧である。

 猫耳をブリムで畳んで、尻尾はスカートの中に隠している。どこからどう見ても人間のメイドである。しかも可愛い。


 「妙に嬉しそうですね、ハレ」

 「メイド服だぜ? 一回着てみたかったんだよなぁ……」

 「こんなのいつでも着れると思います」


 ベルは平然と言った。なるほど確かに、俺のような庶民ではないベルにとってメイドや執事など見慣れたものなのかもしれない。

 ベルはこんなんでも、腐っても、ネジが数本無くとも、いかれポンチのアホでも、貴族と同じくらいに偉い聖女という身分なのである。全然実感が無いが。


 「……お前って公開処刑の見学とか趣味にしてたりする?」

 「失礼ですね、嗜む程度には見ていますが、楽しみにはしていません。あのような催しは正直好きではありませんね」


 嗜む程度には見てるのかよ。


 「それよりハレ、やはり私はこの服は嫌いです。さっきの服の方がかっこよくないですか?」

 「あんな可愛さのかけらも無い服の何がいいんだよ」

 「可愛いですよ! そしてくーるです、びゅーてぃーです」


 妄言である。センスの無い奴はこれだから……。


 「いつもの法衣も強力ではありますが、やはりファッションとしては失格と言わざるを得ません。動きずらいですしね」

 「俺はああいうのも良いと思うがな……少なくとも、お前には似合ってるぞ」

 「そうですか?」


 ベルのいつも着ている法衣は装飾も、布も多く、着ているだけで固い印象があるが、むしろそれがらしいという奴だろう。

 分類としてはスーツやドレスのようなもので、カジュアルな場では相応しくないかもしれないが、それはそれだ。


 「……あの服、着ている時どうしてもお行儀良くしなければならないので、たまに息苦しく感じます」

 「はあ?……まあそりゃ、外聞とか教会の印象だとか……色々あるだろうが……」

 「ああいえ、違いますよ」


 何が違うのか、と聞き返そうとして、なんとなく先を察した。


 「……スキルのせいか?」

 「ええ、私は幼い頃、少なくとも法衣を着ている間、悪心を抱かず、人を信じ、善行を成し、そして教会の規律を守ると発言しました」

 「……」

 「ですからそれ以来、あの服を着ている間はその発言に反することが出来ないのです。それが少し窮屈に感じることも、時折あります」


 なぜそんなクソみたいなルールに従わなければならないのにずっと法衣を着続けているのだろうか? 馬鹿なのだろうか、あるいは、その服を着続けることも、一度言ってしまったのか。

 なんとなく気分が沈む。ベルは人の嘘を許さず、それによって大勢を自身の投身自殺に巻き込もうとしている最悪の異常者だ。

 だが、周囲の人々がベルの被害者であるように、ベル自身も、ある種ベルのスキルの被害者であった。


 法衣を着ている間だけなら、別にそれほど大した被害ではない。だがしかし、いつでも自身の不用意な発言が一生を縛る鎖になり得るのならば……。


 コンコンと、ノックが二度鳴った。


 「……どうやらあいつは仕事を果たしたらしいな?」

 「ええ」

 「行くぞ、この屋敷ならそれなりの数下女がいる。怪しまれる事は多分ねえ」


 どうあれ、今考えるべき事はもっと別にある。

 まずは手始めに、領主の所へ向かわなければ。




***




 今にも人を数人殺しそうな目をした男が俺に伝えたところによると、俺たちは屋敷の屋上まで飛び上がり、そのあとどこかへと消えたことになったらしい。

 騎士団が被害を確認して、そして俺たちを目撃した数人から話を聞き容姿を推定、街中で俺たちを探し回っているとか。


 恐ろしい話である。やはり権力者は敵に回すべきではない。そう言ってヘラヘラ笑っていたら、男は血管がはち切れそうなくらい怒って歯を食いしばり俺を睨み、ベルは真顔だった。


 恐ろしい空気から逃れるために部屋から出た。男は完全にキレていた。ベルのスキルによる縛りが無ければ絶対に襲いかかってきていただろう。俺は何も悪いことをしていないのに……。




 屋敷の通路は静かで、人の気配はあまりなかった。

 俺とベルは一列に並び通路の端を歩いた。高級そうな絨毯が敷かれ、時折でかい壺が飾られたり、壁に絵画が並んだりしている。一般的な貴族の屋敷である。


 歩いていると時折、メイドとすれ違ったが、声を掛けられる事は無かった。すれ違い様にベルに視線が集まることが多かったため怪しまれているかもしれないが、確信には至っていない。そんな様子だ。




 そして、それほど時間も掛からず、なんの問題もなく、俺たちは領主の執務室の前にたどり着いた。北館三階、東階段から四つ目の扉だ。領主はここにいる可能性が高い。


 「……」


 ずいぶん、事が簡単に進んだ。あまりにも出来すぎている気がする。何かの罠の可能性は考えられないだろうか?


 ……いや、罠であって何が問題だというのか。こっちには無敵の暴力装置ベルがいるのだ。罠は全て踏み砕けば良い。


 「……開けるぞ?」

 「はい、もし異常があればすぐに無力化します」


 それだけ決めていれば十分である。


 扉を引く。重厚なそれは、あっさりと開いた。




 室内は明るかった。学校の教室よりも少し大きいくらいの部屋の中は書物が壁に並べられ、仕事用であろう机が並んでいた。

 そして部屋の最奥、もっとも大きな机には、男が一人座っていた。傍にはメイドが一人。それ以外に、室内に人はいなかった。


 締め切ったカーテンは外の光を遮断している。明かりは天井に備え付けられたシャンデリアのみだった。

 男は……領主、ギュンター・ハイハーンは不意に訪れた俺たちに、少し眉を上げただけだった。


 「来たか」

 「領主様、緊急の連絡です、先ほどの屋敷への侵入者についてなのですが……」


 不自然な領主の態度を無視して事前に決められた言葉を告げる。

 俺とベルは二人で堂々と歩を進めた。


 「そこで止まりたまえ、偽物」

 「……偽物? 私たちが……ですか?」


 領主の隣のメイドに、僅かにデジャブを覚える。以前どこかで見かけたような気がする。

 領主は俺たちが侵入者だと把握しているらしい。なぜだろうか? ボロは……結構出した、ならば、強制的に制圧するか?

 明かり。ベルは夜目が効かない。明かりはシャンデリアのみ。この部屋を暗闇に閉ざせば、数秒だが混乱する。締め切ったカーテンはそのためか? それとも偶然か?


 「この屋敷の下働きは全員、私を訪ねるのにノックをしないことなどないんだよ」

 「いえ、今回は本当に緊急なのです、どうかお聞きください領主様」

 「白々しい、とんだ狸……いや、君の場合だと猫かな?」


 俺の種族まで知られているらしい。まあ騒ぎを起こした時に見られたのだろうが、しかし遠目に、しかも少しの間だけしか見られていなかったはずだ。

 何か、俺の種族を知る別の何かがあったのだろうか?


 「……彼女で間違いないかい?」

 「ええ、間違いありません」


 「ハレ、どうするのです?」


 領主とメイドが何か会話をするのと同時に、ベルが小声で俺に問う。


 「しかし、それほど強そうではないね」

 「……ええ、それも、事前に見た通りでございます」


 「……ハレ?」


 見覚えのあるメイドだ、だが一度見た人相を、俺はそう簡単に忘れない。だが思い出せない、多分、メイドという形で見たのではないのだ。

 ベルは不安そうにしている。だが、もう少し思考させてほしい。これはトラップなのか? だとして、なんの意図がある。まだピンチではない、ベルはレベル200程度までなら圧倒できる。

 環境を利用すれば一時的な無力化くらいはできるかもしれないが、その場合同じ部屋にいるギュンターも当然巻き込まれる。考えにくい。


 ギュンターが俺に視線を戻した。


 「……名乗らせてもらおう。私はハイハーン家当主にして、ここ、ラネット領の領主、アルの街の町長でもある、ギュンター・ハイハーン。君の名前は?」

 「……ラビリンス・スィーラー」

 「悪魔の名を騙るのはあまり感心しませんよ、ハレ」

 「なるほど、ハレか。もしや君はあの『爆光』のハレ・ピースかな?」


 ベルのクソボケがクソボケだったせいで速攻で身元が発覚した。これでは潜入した意味が無い。


 今更あっ、という顔をしているが、あまりにも遅すぎる。

 いっぺんぶち殺してやろうかコイツ。


 「ああ、次は君だ」


 メイドがギュンターの言葉に合わせて一歩前に出た。青色の髪をしたメイドだ、見覚えが……否、今、思い出した。


 「ハイハーン家筆頭メイド長にして……統括秘密メイド長。リビレド・ハーレと申します」


 そいつは昨晩に見たキャストであり、俺の犯行現場を見た女だ、純然たる被害者であったため、見逃してしまった女だ。


 「……その……昨日はありがと」


 仏頂面を崩して小声でそう言うリビを前に、俺はクソみたいな現実を想像して密かに汗を垂らした。




 ――最悪の場合、俺はこいつらを殺さなければならない。

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