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十五話:警備の厳しい領主邸

 不審者の男に引きづられるように走り去ったハルを見送った後、俺たちは早速準備を済まして出発した。

 目的地は大体円形をしている街の、海から遠い点に位置する領主邸だ。貴族街の中心に建っているその建物は当然警備も相応に厳しい。


 ……が、当たり前だがそれも鉄壁ではない。そもそもこの世界の人間は上から下まで様々だ、レベルの高い強者は素手の一振りで鉄を断つが、下は犬にも負ける雑魚である。

 全てを想定することはできない。そして俺には心強い味方、ベルがいる。


 ベルは普段の法衣を脱ぎ軽装に着替えていた。法衣は重い、布も多く。潜入には不向きである。ベル本人は俺に言われるまで気づいていない様子だったが。


 「さて、ベル、見えるか? あれが領主邸だ、あの青色の屋根をしたとこだな」

 「……見えます、が……」


 ベルは不安そうに領主邸を見下ろした。

 ここは緩やかな坂のようになっている街の一際高い場所にある公園である。

 遠くには海が見え、街を一望とは言わずとも、結構な範囲を見渡すことができる。


 空には雲ひとつなく、太陽は変わらず眩しく、陽に照らされた街並みは平和そのものだった。


 「……あの、ハレ、本当にやるんですか?」

 「今更怖気付いたのか? 残念ながらもう手遅れだ、さっさと始めるぞ」

 「いえ、協力すると言ったのですからしますが、その……本当に大丈夫なのでしょうか?」


 俺はそこでベルの言わんとすることを理解した。俺のことを心配したのだろう。


 「問題ねえ、これでも腐ってもレベル50はあるんだ、お前の防御魔法もある。さっさと始めるぞ」

 「……分かりました、それでは――」


 ベルはそこで小さく息を吐いた。

 俺はそんなベルに背負われるように、がっしりと組み付き、舌を噛み切らないように口を閉じた。

 尻尾が、緊張したように揺れる。


 「――行きます!」


 そしてベルは駆け出した。一歩、二歩、見えないが、多分助走をつけたのだろう。凄まじい音が鳴り地面が破裂する。




 そして俺達は大空に向かって射出された。




***




 体感にして20秒程、俺たちは宙に飛び空中を回った。

 空中を揉みくちゃになりながら回りまくって、そして気づけば地面に激突していた。


 即座に体勢を整え辺りを見渡す。

 ダメージは無い、今更自然落下程度では少し怪我をする程度にしかならないというのもあるが、一番大きいのはベルの防御魔法だ。


 落下地点は領主の屋敷の中庭だった。手入れが行き届いており、整えられた樹木と芝生が多く、しかし当然だが視界は開けている。そして……目の前に、驚いた顔でこちらを見る庭師がいた。


 「な……だ――」


 口が開くと同時に地面を蹴り庭師の後ろに回り込みながら首に腕を回して体重をかける。

 バランスを崩し倒れる庭師の下敷きになりながらもう片方の手で庭師の口を塞いだ。

 首を絞め意識を刈り取ろうとしたがしかし、妙に硬い肉体がそれを阻んだ。ベルの防御魔法である。


 「ベル……! 防御魔法解除!」

 「はい!」


 すぐに柔くなった庭師の首を絞め意識を断つ。


 力を失った庭師を上からどかして立ち上がった。ベルの回復魔法の光が庭師を包んでいる、これで後遺症などは残らないだろう。


 「よし、ベル、次は――」

 「ハレ、見られています、あっちに……」


 ベルの見つめる先を見ると、遠くに執事らしき男がいた。庭師を気絶させた瞬間は見られていない様だが、見るからに不審そうな表情をしている。


 「おい! そこの! 誰だ!? 何故ここに――」

 「逃げるぞベル!」

 「はい!」


 すぐさま反対側の中庭と屋敷を繋ぐ扉へ走る。一拍遅れて男の怒鳴り声が聞こえた。侵入は発覚した、ならばもはや強行突破するしかない。

 扉を蹴破り通路へ飛び込む。猫耳を突き立て音を聴く。


 遠くで叫ぶ男の声に、にわかに騒がしくなり始めた屋敷全体。そして、誰もいない通路を曲がった先からする足音に、数人が楽しげに談笑する声……。


 「ベルッ! この部屋だ! 中の奴らを黙らせろっ!」

 「うおー!」


 気の抜ける掛け声と共に扉が開け放たれる。蝶番が衝撃で外れ、フレームが歪んだ木製の扉が大きな音を立てた。

 中は厨房だった。数人のメイドが驚いて悲鳴を上げる前に、ベルは動いていた。


 血潮が舞う。鮮やかな鮮血が花火のように広がる。全部で五人いたメイド達は腹をぶち抜かれ全滅した。

 直後に回復魔法が発動する。赤い色の染みはすぐに消え去り、貫通し向こう側が見えていた腹の穴は肌色で塞がった。


 後には貫かれた衣服と気絶したメイドだけが残された。




 凄まじい速度だった。だが、やはり弱い。今の動作も、俺でもかろうじて残像の一端が見えてしまう程度には遅い。

 本来のレベル999ならば、もっと速いはずだ。


 「ハレ! 次は!?」


 叫ぶベルに壁を指差す。


 「外だ! その後は待機!」

 「はい!」


 床を蹴り走る。ベルも助走を付けて壁へ飛び込んだ。硬いはずのレンガが粉々になり、外の庭へとばら撒かれる。芝生を転がり勢いを殺した。


 柔らかい地面を転がり、俺はポケットから人差し指ほどのサイズの鉄球を取り出した。

 弾丸の様にスピードが無ければ到底殺傷能力を持ち得ないシンプルで小さな鉄球は、ことこの異世界においては立派な武器になる。


 全部で七つある鉄球を一つずつ投げる。

 音速を越え空気の壁を突き破った鉄球は領主の屋敷の窓を順番に破壊していった。

 突き立てた猫耳で音を聞く。破砕音、悲鳴、不審な物音に警戒する気配。


 ちょうど七つ、窓を破壊し終えた俺は、近づいてくる複数の気配が俺たちを視認する前に二階の窓を指差した。


 「ベル、あそこだ」

 「……分かりました!」


 助走はいらなかった。僅かに屈み、そして跳ねる。それだけで屋敷の二階の窓へ届いた。

 窓を突き破る。粉々に砕かれたプレートとガラスが床一面に広がった。


 「誰だッ!?」


 男がいた。上等な服を着た執事だ。姿勢を直し、速攻で走る。

 逡巡は無かった。視界の端でベルが窓枠に足を引っ掛けて転ぶのが見えた。


 「ふぎゅっ」


 間抜けを無視して驚いた顔の男へ走る。魔道具をポケットから取り出し投げつけながら、部屋の中央に置かれたテーブルを飛び越える。


 「だ――!! ――!」


 魔道具は瞬間的に広がり、一切の音を殺した。

 混乱する男へ拳を放つ。防がれた。


 カウンターパンチを避け、再び拳を繰り出す。俺の乱打を男は顔を顰めながらほぼ完全に防ぎ切った。

 背後へ飛び退いた男が壁に置かれた箪笥の上、ガラス細工を手に取る。俺はポケットから鉄球を取り出した。


 ガラス細工が投擲される。受ければ死にかねない程度には速いソレを、俺は拳を前に突く事によって弾き返した。


 「……何っ!?」


 男は驚愕に声を漏らし、声が漏れ出た事に更に衝撃を受けた。魔道具の効果は切れている。回避したガラス細工が、大きく音を立てて粉々になった。

 回避により姿勢を崩した男の脇腹に、鉄球がめり込む。肺から空気が漏れ、声を上げようとした口はただ息を吐くのみだった。


 「かッ……ぁ……!」


 男へ駆け寄り押し倒し、馬乗りになりながら口を塞ぐ。空いた片手にナイフを持ち男の喉へ突き出した。


 「……ベル! さっさと来い!」

 「はっ……はい!」


 その目にくっきりと恐怖を浮かべる執事を抑えながら、ベルを呼ぶ。何故レベル999まであって転ぶのか、全く分からん。

 そもそも転んだ後さっさと立ち上がり俺の援護をすればもっと早くに片が着いたはずだ。

 そんな文句を内に秘めながら、ベルが近くに来たのを確認して、男の口を開放する。


 「おいテメえ、おい、今日一日だけでいいから俺達の味方をしろおい、殺すぞ」

 「ヒッ……やめ、やめてくれ……! 命だけは……!」

 「なら協力するよな? 俺たちの仲間になってくれるな?」


 ナイフを少しだけ前に進める。皮膚を突き破り、血が滴る。男が痛みに顔を歪めた。


 「分かった! なんでもする! だから命だけは助けてくれ!」


 男が言った。宣言した。俺はにんまりと笑みを深めた。


 ……ベルのスキル『聖女』は、他者の嘘を決して許さない。




 俺は男を解放した。上から退いて、立ち上がる。男はやけにあっさり解放されたのを不審に思ったのか、驚いた顔で俺を見た。

 辺りを見渡せば、そこそこに広い室内は綺麗に整えられていた様子で、家具は部屋の大きさの割にあまり無い。

 箪笥と机にソファ、立ち鏡と、暖炉の様な物があるが、煙突は無い、火の魔石で熱を出すヒーターである。


 「よし、まずは状況の隠蔽からだな。俺達はこの部屋へ来なかった事にしよう。この部屋はなんの部屋だ? 隠れる場所は……あの扉はどこに続いている?」

 「ここは屋敷の使用人用の更衣室でございます、あちらの扉はクローゼットへ続いております、混乱した現状でわざわざ開けに来る者はいないかと」

 「ふうん」


 男が流暢に喋り出した自身に衝撃を受ける。喉を抑え目を見開いた。


 「領主はどこにいる?」

 「北館の三階、東階段より四つ数えた部屋、執務室で今日の業務を行なっているかと思われます。そうでない場合は離れの書斎におられるかと……ッ!?」


 男が顔を青ざめさせ、しどろもどろに声を漏らす。


 「なぜ……私は、何を言ってっ……何を、何をした!」

 「お前、思ったより使えるみたいだな、一発でここまで喋ってくれる奴はそういねぇぜ」

 「……!?」

 「あの、ハレ……? 煽らないでください」


 ベルが何やら言っているが、俺は褒めているんだ。煽ってなんぞいない。失礼な事を抜かす女である。

 男は顔を赤くしながら血の気を引かせる器用な芸当をしながら俺を睨みつけていた。


 「……じき追手が俺たちを探すはずだ、お前は俺らの行方を隠せ、俺たちが屋敷から出ていったと思わせることができたら戻ってこい。俺達に協力している事は言うな、死ぬな、最善を尽くせ」

 「はい! 分かりました!…………!! ッ!」


 男がにこやかに返事をしたと思ったら、次の瞬間には凄まじい形相に戻り最後まで俺を睨みながら部屋を出ていった。

 勘違いされてしまった……ベルめ……。


 「……お前のせいで恨みを買ったぞ」

 「え!?」

 「まったく、人の発言への悪意的解釈はやめろよな」

 「えぇ……!?」


 驚いた様子のベルを置いて、出口とは違うもう一つの扉へ向かう。あの男はここを使用人用の更衣室だと言っていた。ならば……。


 扉を開ける。そこには予想通り、様々な衣装があった。


 「おいベル、着替えるぞ! 変装だ!」

 「……あ、はい!」


 俺は揉手をしながら密かに笑みを浮かべた。


 一度メイド服というものを着てみたかったのである。

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