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第2話:新たなる友人


「一体全体、あの魔導器に何が起きたというのだ!?」

魔法学部の教師の一人である黒崎が、irritation(苛立ち)をあらわにしながら舞台へと大股で歩み寄ってきた。

彼がさらに一歩を踏み出す前に、ヴェン主席試験官が手を挙げてそれを制した。

「黒崎先生、冷静になりなさい」

ヴェンの声は低く、しかし確かな威厳を孕んでいた。苛立つ教師を通り過ぎ、主席試験官自らが機能を停止した魔力測定器(ACQ)へと歩み寄る。

会場全体が静まり返り、何百もの視線が、まるで何事もなかったかのように佇むアッシュの影に釘付けになっていた。

その息苦しいほどの静寂を破ったのは、突然の嘲笑だった。ヨルだ。

「あいつのスコア、絶対零度かよ!?」

ヨルは腹を抱えて笑いながら、アッシュを指差した。

「つまりアッシュには『理のオーラ(アクシオン・オーラ)』もなければ、一滴の魔力すらもないってことだ! ただの無能さ。システムのバグに過ぎない!」

ヨルの嘲笑に同調するように、数人のエリート受験生たちも傲慢な笑い声を上げた。

しかし、会場の大部分は死んだように静まり返ったままであった。彼らは本能的に感じていたのだ。何かが決定的に狂っていると。

その中に、セリーンもいた。彼女は笑わなかった。

それどころか、鋭く輝く青い瞳を細め、アッシュの姿を射抜くように見つめていた。その冷静な仮面の裏には、深い疑惑が渦巻いていた。

(彼は普通じゃない……)

セリーンは、未だかつて感じたことのない胸のざわつきを覚えた。

(もし本当に理の力も魔力も欠けているだけなら、測定器は単に『ゼロ』と表示して止っていたはず。でも、今起きたのはそんな生易しいことじゃない。システムは彼のスコアを測りきれず……計算の負荷に耐えかねて崩壊した。あの男が一体何者なのかは分からない。けれど、絶対に『普通』なんかじゃない)

「静粛に」

ヴェンの声が響き渡り、会場は再び静まり返った。

「アッシュ・ヴァレモントの所属先について決定を下す。今回のスコアではクラス分けの判断が困難なため、教員陣で協議を行う」

「スコアゼロの落ちこぼれなんて、どこにも居場所はないだろ」

ヨルが隣のエリート受験生たちに嘲笑混じりの囁きを漏らす。

「何のスキルもないただの人間だ。このアカデミーに置いておくこと自体が、我が校の恥さ」

その間、舞台上に集まった教師たちは不安げに囁き合っていた。

「スコアがゼロになった直後に魔導器が焼き切れるなんて……」

アクシオン・エネルギー担当のアリナ先生がため息をついた。

「正直、彼をここに留めておく理由が見当たりませんわ」

議論が紛糾しかけたその時、魔法学部の教師であるシュシロが、ヴェンに向かって一歩前に出た。

「彼の可能性を、今すぐ決めつけるべきではありません」

シュシロは冷静に異議を唱えた。

「彼にチャンスを与えましょう。アクシオン部門でなくとも、我が魔法部門へ配属すればいい。彼の監視と指導については、この私が全責任を持ちます」

ヴェンはシュシロの申し出をじっと聞いていた。短い沈黙の後、彼は魔法学部の教師を真っ直ぐに見つめた。

「彼に関する全責任を、本当に君が負うのだな?」

「約束します」

シュシロは毅然と答えた。

ヴェンは頷くと、傍らにいたアナウンス担当の女性に近づき、低声で何かを告げた。

彼女は深く頷き、マイクの前に立つと、再びその声を響かせた。

「アッシュ・ヴァレモント」

会場が固唾を呑んで見守る中、彼女は言葉を継いだ。

「――魔法部門配属」

アッシュは言葉を発することも、表情を変えることもなく、静かに舞台を降りた。

先ほどと変わらぬ、不気味なほどに静かで冷徹な足取りのまま、彼は魔法学部の教師たちが待つ指定のエリアへと歩いていった。

     *

入学試験がようやく終わり、アッシュは両手をポケットに深く突っ込んだまま、指定された教室へと向かく途中だった。シュシロからは、すでに魔法部門の詳細について説明を受けていた。

教室内に入ると、アッシュは新入生たちの騒がしい雑談を完全に無視し、最も奥にある席へと向かった。

窓際の席に腰を下ろし、片手で頬杖をつきながら、その鋭い瞳で瞬時に周囲の状況を観察する。

(危ないところだったな……)

アッシュは教室を見渡しながら思考を巡らせた。

(大半の者は俺を完全に無能だと思っているが、勘の鋭い数人はすでに疑いを抱いている。俺の唯一の目的は『シャドウ』を吸収し、この地球に平穏をもたらすこと。むしろ、過小評価されている方が動きやすい。奴らの疑念を逸らすためにも、当面は平凡で平均的な魔法使いの役割を完璧に演じきる必要があるな)

アッシュが思考に没頭していると、一人の少年が彼の机に近づいてきた。

その少年は、大きくて輝く緑色の瞳をしており、顔には人懐っこい笑みを浮かべていた。

「あの、隣、座ってもいいかな?」

少年が問いかける。アッシュは鋭い視線を彼に向け、無言で短く頷いた。

少年は嬉そうに微笑み、隣の席へと滑り込んだ。

「僕はレオ・ヴァレリウス。君はアッシュ・ヴァレモントだよね?」

彼は親しみやすく自己紹介をした。アッシュは言葉を返さず、ただ静かに小さく頷くだけだった。

「あんまり喋るの、得意じゃない感じかな? 邪魔しちゃったらごめんね……」

レオは決まり悪そうに苦笑いしながら、首の後ろをかいた。

「別に」

アッシュは答えたが、その声は完全に突き放すような冷淡さを帯びていた。

レオは小さくため息をつき、その笑みは少し自嘲的なものへと変わった。

「君、まだここに友達がいないみたいに見えたからさ」

「それはお前も同じだろう」

アッシュは冷たく返し、やはり視線すら向けようとはしなかった。

「もし友達がいるなら、俺のような人間にわざわざ話しかけて時間を無駄にすることはないはずだ」

アッシュの冷徹な言葉は、目に見えてレオの心を突き刺した。

レオの顔から明るい笑みが消え、彼はゆっくりと視線を床へと落とした。

「友達が欲しくないわけじゃないんだ……」

レオは重苦しい声で、ぽつりと呟いた。

「ただ……誰も僕と友達になりたがらないんだよ」

「なぜだ?」

アッシュの問いは相変わらず淡々としていたが、その鋭い瞳はしっかりと少年を捉えていた。

「入学試験のスコアが、たったの『321』だったんだ」

レオは自分の机を虚ろに見つめた。

「ここ数年で一番低いスコアだって言われたよ。それ以来、みんなにバカにされて、いじめられてる。そんな弱い奴と関わりたい人なんて、誰もいないよ。でも、みんなが悪いわけじゃないんだ。僕がこんなに役に立たないのが悪いんだと思う」

(なるほど、そういうことか)

アッシュはこの世界の冷酷な現実を分析していた。

(この世界では、強者だけが価値を持つ。弱者は踏みにじられ、傷つけられて這い上がるチャンスすら与えられない。周囲からゴミのように扱われること……それは下層階級の人間に深い『負の感情』を生み出す。復讐、狂気、悲しみ、そして孤独。それらは単なる感情ではない――『シャドウ』の極上の糧だ)

アッシュは初めて、隣に座る少年に冷たい視線を真っ直ぐに向けた。

「なら」

アッシュの低い声が、室内の空気を切り裂くように響いた。

「お前は、奴らが憎いか?」

レオは、唐突な質問に驚き、完全に凍りついた。

彼は再びうつむき、深い沈黙へと沈んでいった。長い間、床を見つめて思考を整理していたが、やがて顔を上げ、アッシュの冷徹な瞳を見つめ返した。

「ううん」

レオは静かに、しかしはっきりと答えた。

「誰も憎んでなんていないよ」

アッシュは何も言わず、ただ耳を傾けた。

「誰かを憎んだって意味がないよ」

レオは新たな決意を瞳に宿し、アッシュの目を真っ直ぐに見つめた。

「他人を憎んだところで何も変わらないし、何も手に入らない。憎しみに時間を費やすくらいなら、僕はただ強くなりたい。僕だって強くなれるんだって、みんなに証明したいんだ。そうすれば……きっと本当の友達ができると思うから」

(……驚いたな)

アッシュの無表情な顔の裏で、驚愕が広がっていた。

(ここまでポジティブに思考する者がいるとは。『負の感情』という概念そのものと真逆の存在か。精神のレジリエンス(回復力)が異常に高い。これほどの人間を闇に引きずり込むのは、事実上不可能だ)

アッシュは肯定も否定もせず、ただ無言のまま、鋭い視線を少年に注ぎ続けた。

(――待てよ?)

その瞬間、アッシュの脳裏に、彼の冷静さを根底から揺るがす悍ましい思考が駆け巡った。

(まさか……本当に、アイツなのか……!?)

アッシュは弾かれたように顔を向け、その鋭い瞳で、隣のレオを射抜くように凝視した。


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