三十六:森の奥、下界
夜明け前。
アタシは誰かの、か細く泣く声で眼が覚めた。
それは、山の奥にいる捨てられた子猫の様に、細く、細く、泣いている。いや、鳴いている?
昔、サバイバルしてた時に、よっすぃ~と聴いた様な、迷子のような、寂しい声。
アタシは無理矢理起床し、メシアを起こさないように、そっと部屋を抜け出した。
そして、音を立てないように館から外に出た。
扉から少し先。
未だに空に響く、高くか細い声。
森の奥、いや、あの洞窟よりも奥の方向か。
其方を向いて、よっすぃ~とヴェルトが、ひたすらに空の声を聴いていた。
アタシが二人に近づくと、よっすぃ~が此方を向いて頷く。
うん、アタシにもわかる。
この声は、人でもなく、深淵の森の魔獣たちの声でもなく。
全く別種の、魔物の声であると。
しばらく3人でその方向を見ていたら、今度は館から木苺が出てきた。
何だか悲しそうな、不思議そうな顔をしている。
「パパ、この声、呼んでるよ?」
「え?」
アタシとよっすぃ~は顔を見合わせる。
ヴェルトもよっすぃ~を見上げ、よっすぃ~が頷くと、話し始めた。
「コノひと、サガしてる。イタイ、ヒトリ、サミシイって、言ってル。」
「僕たちで、連れて来てもいいかなぁ?パパ?」
二人にすがるように見詰められ、よっすぃ~と視線を合わせたら、仕方なしと言わんばかりに頷かれた。
ああ、こうなっては仕方ないか。
「ああ、じゃあ皆で迎えに行こうか。」
許可を与え、龍たちは人型から翼のある龍形態へ、アタシはよっすぃ~と肩を組み、腰を抱えて空へと飛び立った。
まだ空が暗く、相手の声しか頼れない状況。
その中でも、木苺とヴェルトはただ一点を目指して飛ぶ。
音を立てないよう、そして相手の声を見失わないように、二人の後をアタシは追った。
森の奥、例の洞窟や桜の木がある丘を越え、更にその奥。
木々が深く繁り、この国の国境であろう山脈近くの、森に繋がる山の尾根で。
悲しくか細く鳴く、少し大きめな生物の影を見つけた。
「パパ、僕たち行ってくる!」
そう木苺が言い、慌てた様子で相手へと向かって行った。
急斜面の尾根に近づき、キャウキャウと二人は話しかけている。
アタシはスキルを展開し、話を聴くと。
「サミシイ、コワイ・・・タスケテ・・・シニタクナイ・・。」
「大丈夫!僕たちが助けに来たよ!」
「怪我シテるノカ?今、ナオシテやる!」
癒したり近付こうにも、余りの急斜面で龍達が大変そうだ。
よっすぃ~に手短に状況を話し、アタシたちは3人に近付いた。
とりあえず通じそうな言葉で、自分たちはこの龍の親で、あなたを救助する、と言うと。
大型の生物は、助けて、と泣いていた。
状況が状況なので、どんな怪我を負っているか、どんな生物なのかも暗くて見えないが、牧場の方だったら手当てするに問題はないだろうし、緊急事態だと言うことで。
アタシは空間魔法、浮遊魔法、重力操作など駆使しながら。
相手のしがみつく尾根の岩盤ごと切り抜いて、そのまま浮遊魔法で館へと搬送するのだった。
全員で館へと向かう最中、木苺やヴェルトが、我が家の安全性や医療の充実さなどを説明してくれて、相手を安心させてくれていた。
この大きな子も、尾根から落ちない様に必死でしがみついていたのか、今は力も抜けて泣く事なく、アリガトとずっと言っていた。
そして、空が明るくなり始めた頃。
アタシ達は館へと戻ってきたのだった。
アタシはそのまま広い牧場へと大きな子を下ろし、木苺にメシアを起こして連れてくるように指示して、先ずは簡易的な巨大厩舎を作った。
そして、よっすぃ~に先に容態を見て貰っていたので、環境が整い次第、明るすぎない照明の魔術を天井に展開すると。
そこに横たわっていたのは、身体中切り傷だらけで一本の足の先がなく、片方の耳や眼の潰れた、全身血塗れの、物凄く大きな狼だった。
「・・・・っ!」
余りの惨状に言葉を失う。
一体、誰が、こんなことを?
よっすぃ~が、怒りの表情で指差す先に。
人間が使う、豪華な装飾の片手剣が、深く突き刺さっていた。
つまり、この傷は、人間に付けられたもの。
アタシの心の奥底で、黒い何かが蠢いた気がした。
「ク、クウゥゥン・・・」
微かな鳴き声にハッとなり、アタシは取り敢えず毛に固まった血を除く為、清浄魔法を慎重に行った。
その上で、浮遊魔法と量産魔法&創造魔法で大きなマットレスを創り、狼の下に敷いてあげる。
少しふわふわになって傷の痛みが軽減したのか、狼が息を吐いたところで、癒しのスペシャリストのメシアが到着した。
血を綺麗にしたとしても、この傷の惨状にメシアはとても悲しそうな表情になりつつ、直ぐに回復魔法と再生魔法を全力で使っていた。
途中途中、戻ってきた木苺やヴェルト、そして狼本人から話を聞きながら、刺さったままの剣や毒の鏃を除去しつつ、各種回復させていく。
勿論アタシやよっすぃ~も手伝いながら、だが、再び泣きながら何があったのかを話す狼の言葉に、とても、絶句してしまった。
この狼は、やはりこの国よりも下界から、逃げて来たのだそうだ。
この子は人間に追われつつも、母親に守られて、此処まで逃げてきた。
山の上なら、誰にも触れられない魔獣の聖地がある、と言われて。
みんな、そこを目指していたが、傷だらけの体では逃げるのが精一杯で。
この子も必死で逃げて、逃げて、逃げて。
沢山の山を越えてやっと山脈内側の山の上にたどり着いたら、そこで意識を失ってしまったのだという。
それから眼が覚めて、自分一人で、とても痛くて、とても寂しくて。
仲間が近くにいないかと、必死で、必死で鳴いて。
そして、アタシ達が現れたらしい。
自分よりも格上の龍が言うから、ここが聖地だと思い、とても安心したと言っていた。
全ての治癒を終え、外が少し明るくなった頃。
狼はやっと立ち上がる事が出来るようになった。
もう一度全身に清浄魔法をかけ、とりあえず違和感がないか外に出て動いてもらった。
うん。めっっっっちゃ綺麗な銀毛で、猛烈にでけぇ!!
確実にこの森にはいない種族だ!!
ある程度牧場内を走り回って、此方へと戻って異常なしと言い、メシアとよっすぃ~に滅茶苦茶甘えていた。
あ、お腹ゴロンしている。
木苺やヴェルトも龍形態のまま、嬉しそうに廻りでお喋りしているし。
アタシは仮設厩舎を解体し、闘鶏厩舎の奥に再度、頑丈で広々とした厩舎を建てて、ふっかふかの巨大ベッドを作った。
そして狼に、新しいお部屋だと紹介して、あとは闘鶏やセエレの部下も立ち入るから傷付けないようにと紹介して、牧場で自由に過ごして貰う事にした。
一段落して館へ戻り、全員に清浄魔法をかけてからリビングへ移動する。
まだ、朝が早過ぎる為か、誰も起きてきてはいない。
しかし、みんな狼の言葉が気になったのか、とりあえずお水を飲んですぐ、またあの山脈へいこうと言う事になった。
そこで、まずアタシはよっすぃ~に、多種族言語スキルの能力解放の術を行い、あの狼と意志疎通できるようにした。
そして、よっすぃ~とヴェルトが狼のフォロー役になり、アタシと木苺と回復のメシアで山脈へ行き、もし狼の仲間がいたら助けて来る事で話が着いた。
その場で救助して、あとはまとめて連れて来るなり森で生活するなりすれば良いと思ったのだ。
そうと決まったら、アタシたちは直ぐに外へ出て、牧場の奥に仕掛けをしてから再び飛び立った。
全速力で例の尾根へ向かい、そこから二つ向こうの山まで捜索する。
途中、谷に落ちかけていた、まだ小さな子供の狼を何匹か保護できたが、他の大きな狼は一切見当たらなかった。
そして、そのまま幾つかの山脈を越え。
突然眼下に、下界が広がった。
そこでは幾つもの煙が森から上がり、悲鳴や助けを呼ぶ魔物の声で溢れていた。
ーーー虐殺?ああ、目の前、が、真っ赤に、染まる。
「ねっ、姉さま!?」
「パパ、どうしたの!?」
アタシは、特殊古代魔法・転移 極を目に見える全ての範囲に設定して、力いっぱい眼下へと放った。
眼下から遠方へと、転移の青白い光が一斉に、高速移動で炸裂する。
「姉さま、何をしたのっ!?」
突然目の前に移動したメシアに視界を奪われ、一端魔術を放つ止めてアタシは答えた。
「敵意のある人間を、下に広がる森から、遥か遠くに見える海?の近くに追放した。勿論、火種や人間の道具とかも全部、ね。」
「海って・・・!」
「あとは、仕上げをやらなきゃいけない。」
メシアを押し退け、アタシはこれまた広範囲に、時空逆転再生魔法・極を放ち、特殊結界を張り巡らした。
これで、この森で生きていた魔獣たちも復活し、外界からの人間の進攻は防げるだろう。
「姉さま・・・姉さまの、馬鹿。」
「・・・アタシは、自分勝手な人間から無罪の魔物やメシア達を守る為なら、ここまで、やるよ?」
「んもう!姉さまも勝手にやってたじゃない!人間がこの下界の森に入れなくなるのは別に良いけれど、回復はメシアにも協力させてよっ!何のためにメシアがいると思ってるの!?」
ああ、そういえばそうだった。
メシア、回復役でつれてきたってのに、無視してしまった。
すぅっと頭に昇っていた血が覚め、ぶんすこ怒っているメシアに猛烈に謝った。
暫く謝り倒して、ようやく許してもらえた。償いとして、何らかの御褒美を所望されたが。
その後、機嫌が直ったメシアと下界の森の真上まで移動して、様子を見ると。
慌てた様子で、銀色の巨体の狼一家(推定7体ほど)が山脈の方へ走ってくる。
そして、列を乱す事なく、次々と山越えをしていった。
他に狼はいないのかな?と思いつつ気配を探るが、この大きな狼と同じ気配は、殆ど感じられなかった。
とりあえず、アタシたちは群れをなして山越えする狼たちの後を追い、何故か一番スピードの早い木苺が先に話してくる!と先行していく。
やっぱり羽根だと空気抵抗が在りすぎる!!
最終的に疲れ始めたメシアを抱き抱え、アタシはジェット機の要領で風魔法を炸裂させながら、やっとの事、狼や木苺に追い付いたのだった。
今度は下界を巻き込む?お話しです。
天空の国王の胃に、ダメージが着々と蓄積されていきます。




