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宿敵

俺は酔っていた。明日はアイツの葬儀だというのに。

年明けに決着を宣言したというのに。俺は不戦勝して、お前は逃げるようにくたばった。アイツは俺と同じように、狂ったように賭け事に挑戦して、数打ちゃ当たる作戦の同志として一目置いていた。そうなると当然、テーブルを挟むことが幾度と起こった。勝敗が一瞬にして決まる日もあったし、何時間も空腹にも負けず、睡魔に勝ちそのうえで勝利をもぎ取る、そんな日もあった。

俺は負けた日は酒に逃げる癖がある。叫んだり泣いたりして誰もが嫌がるクソ野郎だと自覚している。対してお前は勝とうが負けようが、さっと席を立つと、いつもと変わらず何考えてるかわからない顔で店を後にするんだ。そんなお前のことをバカがバカな噂を囁いていたが俺はそのどれにも賭けることができなくて、実は一度だけ後をつけたことがある。そんな行為は人として終わってしまうが、ギャンブル病を患っている時点で今更な俺は気にしなかった。

お前は幾つかの店に入っては大量の荷物を抱えて、そのまま街の路地裏に消えていった。それが何度も繰り返された。もし本当に「女」に貢いでいるとしても俺は何とも思わなかっただろう。チラリと探偵のように屈みながら見た。ヒソヒソ聞こえるお前の向かった場所を瞳にとらえると、頭が痛くなった。なんでガキなんだ、と思ったわけじゃない。根本的に俺たちは違っていたということに気付いた。子供に囲まれながら微笑んでいる顔が眩しくて、その場を逃げ出した。

俺は勉強できず職を手にできずに昔悪い仲間とかじったカジノでバイトをはじめ、自分が主役として椅子に座るころには一匹の魔獣が腹の中で、うなり声をあげるほどになっていた。酒は好きでもないし無かったら無かったで困る体になってしまった。金のことになると人間の目がグヘへ…と変わる瞬間を何度と目にすると世の中ほんとゴミだな、って本気で思えてくる。たぶんこの先も変わらない。

生きる意味みたいなものが札束を両手で抱えるたびに体から空気のように抜けていくんだよ。身ぐるみはがされて冬の夜に放りだされた日には「死にたくない」このままは嫌だ、と気づいたら口に出してんだよ。生きながら腐っていく中で俺のようなスタイルの奴に初めて出会った時、カチッと火花が飛んで俺のどこかで火が燃え広がっていくのを感じた。

「ぜってー負けねえ…」

「…」

そういえばお前と会話らしい会話をした覚えないな。でも俺の言葉に「あぁ、そうだな」って言ってくれるような幻想を俺が勝手に抱いてたのが間違いだったんだな。同じ人間なんていないよな。テーブルの向こうは神様にだってわからない世界が身構えているってことだ。思考が読めたとしても何かの拍子でカード一枚変えて人生が変わっちまう人間を星の数ほど見てきた。

「どうかしてるよ、ほんと」

最後の酒が空になっちまった…。吐き気でそのまま朝まで床に大の字でうなだれた。


次の日、葬儀に行ってみたものの直ぐに帰りたくなった。足を踏み入れた瞬間、雰囲気に飲まれてしまったのだ。ガキの頃のアイツの写真、棺桶、椅子。いかにも適当、とまでいかないとしても少しばかり寂しすぎる。俺なんかより、世界全部憎んでいる俺なんかより、お前はその辺のガキに生きるナントカカントカを見いだせていたんだ。少しぐらい立派であって欲しいと願っていた自分に気付いた。片手が顔を押さえる。何百とお前に勝ったはずなのに、「畜生」なんて言葉が昨日よりも濃く吐き出てくる。

ヒソヒソと話し声が聞こえる。「いたんだな」「友人なんて一人どころか、猫一匹もいねえと思ってたよ…」

身内らしき人物が彼一人だけなのは。兄弟でも叔父でもなく他人なのは彼らしいのかもしれない、と。それから友人に最期を聞いてみようとしたが(実は今日来た目的だったりする)理解できないと予想がつくのでやめておいた。

逆にアイツの友人から、アイツはどんな奴だったかと聞かれた。友人のお前がよく知ってるんじゃないのか、と聞くのを我慢。そして適当なことを言ってるように繕って、その場を去った。

ああ、子供といるアイツはサンタクロースみたいだったよ。



「今年のクリスマス、楽しみにしていてください」

アイツの友人と話してる時に気になった一言。一晩経ってもよく理解できなかったので、紙に書いて目立つところに張って置いた。

クリスマスイブ、酒も飲まずに、もしかして爆弾が放り込まれても逃げれるように何時でも準備をする。

何度もアイツを任せてきたのは俺だし友人に「お前さえいなければ、彼はもっと………〇ねぇええええ!!」

どうしたって死ぬ覚悟なんて一分経てば消えてなくなってしまうんだから、逆に戦う方向でいこう!

深夜を三刻過ぎたころ奴はやってきた。そうサンタが、って

「マジで!?」

「うわっ起きてたんですか?って、確かどこかで…。まあいいか、はい」

「これ…」

「あのバカからのです」

「あのバカからの」

「はい」

あのバカなんて思い当たる節は一人しか思い浮かばない。

「メリークリスマス」

「お、おう」

よく見れば前に

会った時よりかなり窶れているし、足元がふらついていて見てられない。

「…手伝おうか?」

「…ありがとう。でも約束だから」

「あのバカの?」

「あのバカの」

二人は少し笑って、俺はサンタクロースの背中をじっと立ち尽くしながら見ているだけだった。





家に入って寝ようと考えていたら、さっきサンタが通った道の上に何かが落ちているのをみつけてしまった。このプレゼントが俺の人生を滅茶苦茶にしてしまうとも知らずに、そっと大事に拾うと箱には丁寧に届け先が書かれたメモが貼ってあった。途端に寒気がした。

「…ま、これくらいいいよな?」

………後悔のないクリスマスを、お前らは送ってくれよ。



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