記者
クリスマスだっていうのに、私たちはチキンの一つも食べずに働いている。予定では一人部屋でゆっくり暖かく過ごすはずだったけど。
「さっき送られた記事、編集できた?」
「あ、はい。少し誤字もあったので直しときました」
はいはい、と頷いているが先輩の瞳には光がともっていない…。
今日の朝方、町中の孤児などにサンタクロースがプレゼントを与えた、などというおふざけにも似た迷惑行為が発生。その怪奇な事柄に、世間は警察の取り締まり以上に興味ありげの様子なのだ。そこで我ら記者として徹夜だろうが恋人と約束があろうが関係ない。そして私には恋人はいな~い。っへ。
「下書きできました!」
「うん、とりあえず一部。それから三百で行ってみよう」
送られた写真に写る赤い悪魔は、今頃、幸せそうにスープでも食べてるのだろうか。本人は善意のつもりで行った行為だとしても、グツグツと腹が立ってくる。そんな殴りたい衝動よりも、お腹が空いてきた。
「わたし、買い足し行って来ます」
「じゃあドリンク一本」
それじゃあ俺は…。次々と注文をメモしていく。少しフラフラの足取りでわたしは編集室を後にした。
店に入るとき、男の人がフラフラしながら歩いているのを見た。こんな朝から酔っぱらいを目にするとは。まあ、記事にはならない。去れ。
メモを何度も確認していたら小さなショートケーキが目に映る。今は仕事中、という魔法の言葉で自分を叩く。それでも静かにため息がこぼれた。
なんだか考え事してしまったせいか、レジの列に例の男の後ろだと気付いた。どうしようか?でも今更逃げる?なんてあり得ないし。はあ、なんだかわたし意味不明なこと考えちゃっている。頭が回っていないなこりゃ…。
バタッ。目の前にいた男の人が一瞬で消えてしまった。いや、その場で倒れてしまっている。
「お、お客様!?」
はっとして私も大丈夫ですか?と声をかける。情けないうなり声と共に腹の鳴る音が。
「す、すいま…せん」
別にどうでもいい他人なのだが、違和感のようなものを感じる。女の、記者の勘が囁いている。「事件の匂いがする」と。会計を済ませて、少し遅れますの連絡を先輩に送って知らない男の人の体を支えながらクリスマスの朝の街を歩いて行った。私もかなり窶れてしまっていたが、それ以上に男の人は腕も少し細く感じた。このまま家まで送っていいのだろうか?関わっちゃいけない人だったかもしれない。
「…良かった」
「え?」
「いや、子供たちが」
どこを見てもはしゃぐ少年少女ばかりのほのぼのとした風景。もし画家なら写真家なら狙いすまして描いたり写真に残したりするのだろうと思うほどだ。私のように困る大人がいる横で天使たちが喜びの歌を歌うようにしていたんだな。
と、一人の少年がひょこっと私たちの前に現れた。満足に生活が出来てるとは到底思えない格好だが手袋とマフラーがどこかの誰かさんの優しさで包まれている。何か言おうともじもじして、けどなかなかしゃべろうとできないみたいだ。
「それ、良かったね」
わたしはありきたりな言葉を投げた。少年はコクリと頷くと、一回、大きくお辞儀を丁寧にした。そしてどこかへ消えて行ってしまった。それを見つめる男の人の目があの写真とうっすらと重なって見えて、まさかまさかと思考する。
一人で歩けないのは何故?町中を駆けずり回ってプレゼントを届けたから。
身体が細いのも、もしかしたら関係があるのかも知れない。いっそ聞いてみようか?「サンタさんですか?」と。あはは…。
「そうですね」
「…!?」
「慣れないことしたな、と思います」
「それって、どういう意味ですか?」
男は恥ずかしそうに顔を赤く染めて呟いてくれた。
「実はですね。この騒動を起こしたのは僕なんです」
目がテン。
「信じてくれないでしょうですけど。友人に頼まれまして」
えへへ、と笑っている。今にも倒れてしまいそうになりながら。死にそうになりながらも準備して、プレゼントを届けて。それから私たちは男の人の家に着くまで会話もせず街の幸せな歌声を聴きながらゆっくりと歩いて行った。
もしかしてボロボロな家かと思ったけどそれなりの一軒家でほっとした。もしかしたら私よりいいところではないか?私は別の意味のため息が出るのを堪えながら、ベットまで連れていく。今の私たちを普通の人が見たらなんて思うのだろうか。今日の朝、突然のメールを確認して慌てて家を飛び出した私はこうなことになるなんて予想できただろうか。
「本当になんとお礼したらいいか。あ、コーヒー飲みます?」
「い、いえお構いなく。私仕事場に戻らなきゃなので」
「でも…あ、そうだ」
サンタ男はタッタッとどこか別の部屋へ行ったかと思ったら何か小さな箱を持って帰ってきた。
「メリークリスマス」
この年になってサンタさんからプレゼントをもらうとは。しかも本物(?)に。
「ありがとう…」
綺麗にラッピングされたプレゼントを受け取ると意外と軽くて、でもどんな思いで準備したのか。大人の私なら少しわかってしまう。
「ごめんなさい」
「え?もしかして嫌でした?」
「いえ、実は私、記者をしていて。その、こんな騒動ですし記事にしないわけがなくて」
そこまで言うとあちゃーといった顔で両手をくっつけて私に差し出してきた。まるで自首する犯人のように。
「いえ!別に怒っているわけでは。いやでもさっきまで一発殴りたかったといいますか」
今度は涙目で右頬を差し出してきた。とほほ…もう嫌だ、この空気。
その後、記事にするつもりも、警察に差し出すつもりも、もちろん殴るつもりもないことを何とか説得させてその日は帰ることにした。後日またお礼というか謝罪がしたいということで、連絡先を交換した。後で気付いたけど、人生で初めて男の人と外で食事をする約束をしたんだ私。
それから、何度か会ううちに彼の友人が全ての元凶ということがわかったり、今は主に学生寮の寮長をしていたり準備期間はあちらこちらでバイトをしてこられたらしい。一緒に買い物に行った時、店員に話しかけられたりして。その時なぜかイライラしてしまったり…。不思議な関係が気付けば季節を一周していて、「今年はサンタクロースやるんですか?」なんてからかって赤くなる彼を見るのを楽しんだりして。
あの日、店で同じ列に並んで、声をかけて家まで送って。自分でも奇跡ではない、と思うけれど。二人でいる時、誰かにありがとうと言いたくなる。こんな私に奇跡をくれてありがとう、と。
今年は彼の友人の墓に一緒について行かせてもらえる。そうとう変わり者だったらしいけど、私にとって一番特別なプレゼントを貰うきっかけとなった人だ。彼は「サンタクロースの墓だね」なんて言っていたけど、もしかしたら本物かも知れないよ。
雪が降りつもった道をぎゅっぎゅっと音を鳴らしながら二人はゆっくりと歩いて行く。一年前のように。でも違うのは、手を繋いでいるということ。
Merry Christmas。




