査問会2
翌日の金曜日も、彼は予定通りに仕事を片づけた。
病棟勤務、検査を粛々とこなす。
そして夕方。
来週の月曜日、部長が所用でいないため、本来その朝に行うカンファレンスがこの夜に移動したが、それでも数時間以上の余裕があった。
「こちらの注腸造影では典型的なアップルコア状の狭窄が見られ……」
いつものように画像やデータを見ながら患者一人一人の手術について皆で検討をする。
(ま、何とかなるだろう)
彼の受け持ち患者で突然容態が悪化しそうな人はいないし、救急担当もその二日は入っていない。
そんな風に思っていたので、カンファレンスの終わりがけに突然部屋に院長が入ってきたときには息が止まるほど村山は驚いた。
(……一体何が始まるんだ?)
時間のかかる催しでなければいいのだが。
「では、来週の手術についてはこれくらいで」
部長が院長からA4の用紙を受け取り、全員に一部ずつ配る。
(……これは)
そこに書かれた三件の症例を見て、村山の顔から血の気がひいた。
間違いなく、それらは彼が行った手術だ。
裏面を見ると、その手術にかかった時間と手術に参加していたメンバーの無記名コメントが記されている。
……あまり逡巡しないで、がんがん切っていった。
……結紮早すぎ。
……緊急だとはわかっているが、あまりにもさくさく進めるので不安。救急での開腹とは言え、もう少し色んな角度から検討しつつ方針を決めてもいいのでは。
……早く終わって楽だった。
……なんかよくわからないうちに全部終わってた。ある意味凄い。
用紙を持つ手が震えたのを、他のメンバーは気づいたろうか。
「では、今日集まってもらった件について、院長先生からお話をいただきます」
部長の森田が言うと、修造は机の上で両手のひらを組んで彼らを見回した。
「ご存じの通り、医療安全委員会活動の中に、有害事象誘発因子の収集と分析、摘発というのがあります」
病院には様々な委員会活動がある。
医療安全委員会というのもその一つだ。
「院内で最近様々に取りざたされているこちらの第一外科での事例について、委員長である私が今日聞き取り調査を行い、そこにかけるべき懸案であるかどうかを確認したいと思ってやってきました。どうか今日は忌憚のないご意見、そして正直なところをお教え頂ければ幸いです」
周囲の視線を感じ、村山はわずかに身体を硬くした。
修造は配られた用紙の内容について簡単に説明をする。
「具体的には、手術が雑である、身の丈に合わない手術を自己判断で勝手に行っているという噂について、実際の所、どうなのかということですが」
固有名詞は省かれたが、もちろん村山のことを指すのは明白だ。
「どうでしょう、三宅先生」
三宅は微かに首を横に振った。
「申し訳ありませんが、ご存じの通り私は乳腺担当なので」
もちろん乳腺の執刀は全部彼がやるにしても、消化器系手術の助手などで一緒になることはたまにあった。
だが、他の医師に比べて接触が少ないのは事実だ。
「他の先生にお聞きになるのがよろしいかと」
院長の視線に、隣に座っていた非常勤の大蔵が慌てたように今泉を見る。
「わ、私も先生とご一緒したことはほとんどないので」
事実彼は勤務曜日の関係から、今泉、佐々木組の第二助手を務める事が多く、三宅以上に村山と手術室で一緒になることは少ない。
振られて今泉医長は重々しく頷いた。
「……村山先生に対し、一部にそういう噂があることは知っております」
「事実ですか?」
「……ここにある手術については立ち会っておりませんが、確かにこれを見る限りでは早さだけは熟練の医師以上です。助手が半ば研修医みたいな若い専門外の医師二人であるということを考慮に入れると、やはり通常のこととは言えませんな。また、これはここで私が言うべきではないのかもしれませんが、多少結紮などがおざなりで……」
村山は唇を噛む。
(……俺は馬鹿だ)
査問会が開かれるなんて想像もしていず、何の心の準備もしていない。
「森田部長、如何ですか?」
「現在、問題はとりあえず起こってはおりません。ただ、おっしゃるように修練が必要な手術を勝手に判断して執刀した事例については聞き及んでいます。また通常、次にどうするか、どのアプローチで行くかなどについては事前検討に沿って行いつつ、その都度、微妙に軌道修正をしながら進めるものです。それについては彼は若さもあるのでしょうが……」
今泉に続き、森田部長も似たような事を話しているのを聞きながら、村山は心の内に溜息をついた。
このまま事が進み、病院全体の議題扱いされてしまったなら、彼はどうなるのか。
(……少なくとも、信用が戻るまではガーゼ交換係だよな)
手術なんてきっと一生任せてはもらえない。
せいぜい毎日鉤引きをして、病棟専門の担当になって……




