査問会1
(……細川を野放しには出来ない)
五月下旬には暁達も帰ってくる。
一刻も早く、彼を警察に捕らえてもらわねばならない。
だが村山ができることと言えば、犯罪の瞬間を世間に公表することぐらいだ。
(……奴のターゲットを探し、それを見張るという方法もあるが)
一番簡易で楽なのは、村山自身が狙われることだろう。
ふと、いつもの生に対する倦怠が顔を出しそうになり、彼は慌てて首を振った。
(ぼやぼやしていると、みんなが犠牲になる。それだけのことだ)
これ以上、被害者を増やさないためにも、彼はとりあえず布石を置くことにする。
日曜、祝日には遠出して、インターネットカフェに籠もった。
彼が何をしたかがわからなくなるように、パソコンの操作日付を別の日に変えるのはもちろん、経由先についてもかなり慎重に事を運んだ。
もちろん、カフェのパソコンのIPアドレスについても特定ができないように細工はした。
そうして、微妙に協力的になっていた後藤から得たメールアドレス等をヒントに細川のパソコンとスマートフォンへの侵入を試みる。
ファイアーウォールも大したことはなく、簡単にそれは支配できた。
そこで出来る限りの情報収集をした後、かつて彼が一瞬覗いた電話会社のデータベースに忍び込む。
(非常時だ、許せ)
物理的手段以外にソフト上でクロストークを起こす手法を確立していたので、細川が仲間と定時連絡する時間帯に彼の電話が漏話するような仕組みを追加する。
そうして彼は高津を使ってペテンを開始した。
固定電話で高津の家にかけ、彼と話す。
「……で、圭介、暁のことなんだが」
細川たちが圭介、そして暁という名に敏感に反応することを予想しての台詞だ。
「待って、ねえ、村山さん、何か今、別の話し声が聞こえなかった?」
高津には台本を渡し、その通りに会話して欲しいとだけ頼んでいる。
だが、この言葉はその中にない。
「気のせいだろ。アナログ回線じゃあるまいし、今どき混線なんてしないさ」
「でも、すごく気になるんだけど」
高津の勘の良さには舌を巻く。
「じゃ、一回切るよ。すぐにかけ直すからちょっと待って」
細川たちがお互いに疑問を言い合う時間ぐらいを開けて、すぐに村山はリダイヤルした。
そうしてもう一度高津と話をする。
「まだ何か変な声は聞こえるか?」
相手が必死で聞き耳を立てていることを知りつつ村山は問う。
「え、あ……うん」
高津は一呼吸置き、そして硬い声で次の台詞を言った。
「で、どうなの、村山さん」
「暁と夕貴か?」
息を殺して会話を聞いているだろう細川の顔を想像しながら、村山は会話を続ける。
「彼らは大丈夫だ。あのバカどもには見つからない」
「ね、そろそろ暁たちの居場所、俺にも教えてくれたっていいだろ?」
「駄目」
「そんなことはないと思うけど、村山さんが倒れちゃうとか万が一のことがあったらどうする気なの?」
「俺に何かあったら、お前に二人の居場所が伝わるようにはしてる」
「伝わったとして、それからどうするのさ?」
「その時はお前に任す。二人を逃がしてもいいし、萌を守るために相手に情報を教えてやるというのも選択肢の一つだ。だが、俺の目の黒いうちは絶対に彼らには教えない」
「……まあ、村山さんなら大丈夫だとは思うけど、何か怖いよ」
高津の声がどうしてか震えた。
「だけど、全然遠出しないってことはないだろ? やっぱ危険だよ」
「遠出なんてほとんどないよ。忙しいから」
「ほら、来週の月曜日、夜中にどっか行くって言ってなかった?」
「ああ。普川橋? 夜中じゃないよ、九時ぐらいさ」
普川橋というのは、近くに江戸通りという昔ながらの通りがあるために地元の人間なら誰でも知っている。
橋と言ってもそんな大層なものではなく、用水路に毛の生えた程度の小川にかかる長さ十メートルぐらいの小さなものだ。
「何で夜に徒歩であんな辺鄙なところに行くのさ?」
「うちの蔵に用事があるんだが、忙しくてその時間ぐらいしか空いてないんだ。車は車検だし、ま、たまにはバスで行くのも風情があるだろ?」
「……しばらく外出はしない方がいいと思うよ。俺、何か嫌な予感するもん」
「お前の予感が当たったためしが今までにあるか?」
大ありなのだが、細川たちに教えることもない。
「そりゃそうだけど。でも俺、あのときに井上から聞いたんだ。望む通りに物事が進む能力ってのがあるって」
「そりゃ、初耳だな、どんな力だ?」
「何か、必要なものが突然空から降ってくるとか、欲しい情報が勝手に集まるとからしいんだけど」
「……それが何?」
「だから、村山さんがこっそりやろうとしてることがばれるとか、偶然敵に見つかってしまうとか、そんなことが起こったらやだなって思って」
「馬鹿馬鹿しい。非科学的にもほどがあるだろ」
「だって井上がそう言ってたんだ」
「まさかお前、相手がそんな力持ってるって言いたいんじゃないだろうな?」
村山は笑う。
「嘘くさいこと信じるなよ。ま、とにかく心配するな。俺は絶対大丈夫だから。あんなバカどもにやられるような間抜けじゃない」
「……わかった。信用するよ」
「当然だ」
「ね、明日も電話するよ、この時間、家にいる?」
「明日はできれば十時頃がありがたいかな。じゃあ、またな」
村山は電話を切った。
(あとは彼らが信じるかだが)
高い確率で彼らは信じるだろうと思ってはいる。村山と高津の電話が細川の話す電話に混線する事態が偶然起こるなどということはあり得ない。
その有り得なさをリソカリトの彼らが己の能力の一つと過信する可能性は高い。
もちろん信じなければまた新しい方法を講じるだけだ。
(普川橋で奴が俺の首に刃を投げられる場所は、それこそ一カ所しかない)
ポテンシャルを利用し、かつ、村山の首がきちんと切れる場所。
(俺が西から東に向かって歩いていくことを細川は知っている)
川の両側には小道があるが、橋の東詰より向かって右、つまり南方向は橋からちょうど五十メートルほどの間が上への緩やかなスロープになっていた。
そして橋東詰めから三十メートル程度南に離れた位置には太い樫の木が生えている。
(彼はそこに隠れ、そして道から見えにくい川側の木陰から俺を狙うだろう)
今まであった殺し方三件の首の切れ方、刃の向き、そして現場を検証して細川が立っていただろうと思われる位置を散々検討した結果、人の向きと細川の位置には必ず当てはまる法則があった。
距離は三十から四十メートル程度離れた位置で、細川から被害者を見たとき、十度から二十度左に寄った位置。その際、被害者の頸動脈が細川の視野に入ることが前提だ。また、被害者の立つ地面の高さと細川の立つ地面の高さの差は五十センチ以上必要だと考えられる。
(とすると、橋を渡り始めた直後から数メートル以内が危険地域だ)
街灯の明かりは橋の中央に近づくにつれて届かなくなっていく。
(暗闇で位置を正確に狙うのは難しいから、明るい踏みだしから数歩が生死の分かれ目だな)
少し村山は悩む。
彼らは村山の反射神経については駐車場で確認済みだ。
(俺の視線を前方に向けさせるような罠を仕掛けてくるだろうか)
立ち止まらないような、そして間違っても首を左右どちらかに向けることがないように正面から、何かを光らせるなどの……
(……ん?)
携帯電話が鳴った。
高津からだ。
「もしもし」
「もしもしじゃないよ、何? さっきの?」
「言った通りだ、ちょっと練習することがあるから、台本通りに台詞を言ってくれって……」
「細川、聞いてたんだろ?」
村山が黙ると、高津は憤った声を重ねてきた。
「月曜日に村山さん、奴のターゲットになるの?」
「何のことだ?」
「さっきの会話、細川が味方と電話してるときを狙ったんだろ? こっちの話を聞かせるために」
「……常識的に考えてみろ、どうやって細川が電話をかける時間帯を俺が知ることができる?」
「細川は几帳面な男なんだよ、この時間にかけろって言ったらその時間に電話がないと怒るんだ。だから彼が指示した時間を相手の男から聞き出せばそれは可能さ」
思いつきの言い訳を高津は即座に却下した。
「誰からそんなことを?」
「後藤さん情報」
「……お前、彼に会ってるのか?」
「前川さんに少し相談を受けて。色々悩み事とか話を聞いてあげてる感じ?」
村山は思わず笑った。
「お前って牧師さんとか向いてそう」
「あのね」
高津は再びむっとした声を返してきた。
「誤魔化さないでよ、それより一人で何をしようとしてるのさ。言わないと月曜日の九時に俺、橋の上で待ってるよ?」
どう言おうか瞬時迷ったが、どうせ高津には全てばれている。突き放すよりも誠実に計画の確実性を訴える方を村山は選んだ。
さすがに電話にいたずらした犯罪については黙秘したが、計画の概略は伝え、既に布石を積んでいるのでこのまま決行した方が自分たちの安全が守られると力説する。
「安心しろ。細川が当日そこで人を殺そうとするって情報を警察は掴むことになっている」
「村山さんがリークするの?」
「まあな」
村山が情報源だとわからないように、かなり複雑な手を使うつもりではいる。
警察は自分たちが積極的に得ようとした情報は信じるが、通報などによる疑惑情報については話半分で置いておく可能性があるため、刑事の聞き込み調査情報にそれを紛れ込ませるつもりだ。
「俺、何かできることないかな?」
「その場にいないで欲しいっていうのがお願い事だ」
「……どうしてさ?」
怒った声に、村山は言い方を間違えたかと反省する。
「俺たちがつるんでいることは警察だって調べればわかる。だから、俺が単独であそこを歩いている時に襲われてこそ必然ではなく偶然となる」
「ちぇ」
「ま、嫌な予感がしたら早めに言ってくれ。それぐらいかな」
「……緻密すぎるのは考えもの、ってとこが嫌な予感」
「細川に逃げ道を用意しろってことか?」
「違うよ。村山さんの逃げ道。萌ぐらい大らかだと、案外簡単にやり直しできるけど、村山さんはきっちりしすぎて後戻りできない作戦しか立てないから」
高津は少し考え深げな声を出す。
「それといつも思うんだけど自分をないがしろにしすぎだよ。色んな意味で敵を増やさないように気をつけて」
これ以上、敵の増えようもないとは思ったが彼は素直に頷く。
「承知した」
「……夜の九時、だよね?」
「ああ」
「明日も台本読み?」
「うん。十時頃に混線するかもしれないから」
「……ほんと村山さんって胡散臭い」
村山は笑って電話を切った。
そして、自分の計画に穴がないかを再度確認する。
優先順位としては彼が世の中に怪しまれないこと、次に彼の命が助かること、そして細川が逮捕されること。
(……失敗してもいいぐらいのつもりでやらなきゃな)
高津の言いたかったのもきっとそこだろう。
(あと、問題は明日と月曜日、時間通りに家に帰れるかどうかってことだけだ)
もちろん、それについては当然計算済みではある。




