見舞い2
(弱ったな)
嘘をついた手前、どんな顔で会っていいのかわからないし、第一パジャマ姿なんて格好悪い。
しかし、焦る高津など意に介さず、すぐに部屋の外から声が聞こえた。
「……じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」
慌てて高津は布団をかぶって目だけを出す。
「圭ちゃん、ほんとに大丈夫なの?」
部屋に入るなり、心配そうな声で萌が尋ねる。
村山を見るとそっぽを向いていたので仕方なく高津は頷いた。
「……うん。もう熱、ないし」
高津の母が三人分のオレンジジュースと菓子皿を盆のまま、ベッドの横にあった簡易テーブルに置いた。
そうしてにこにこしながら、ごゆっくりと言いつつ去っていった。
風邪にごゆっくりもないだろうにと、高津はその無神経さにもむっとする。
「インフルエンザじゃなくて良かったね」
しかし、萌はそんな母親に留意なく、フローリングの床に正座した。
「まあね」
言いながら彼は、ニットの袖から少しはみ出た手首の上のバンソウコウに目を留める。
「どうしたの、萌、それ?」
「話すと長いから、その前にこれ、どうぞ」
彼女は名古屋名物のえびせんを高津のベッドの前に置いた。
「元気になってから食べてね」
村山が複雑そうな顔でもう一つある袋からゼリーを取りだした。
「こっちは、すぐにでも食べてもらっていいんだが、無事だったのは一個だけだったから……」
萌が頷く。
「……どういうこと?」
「村山さん、今日の出来事の説明、お願い」
村山は萌の隣に座り、そして駐車場であったことを話し始めた。
聞いているうちに高津の顔から血の気が引いていく。
「……信じられないけど、でも」
萌が取りだしたゼリーに刺さる刃を怖々と見る。
替え刃式のよくあるカッターの刃を、ぽきぽき折ったものだろう。
「そんなもので、役所の職員を殺し、そして萌を傷つけようとしたってこと?」
「これは二人を殺した凶器とは違う物だ。殺傷よりは脅しを目的にしたと考えられる」
意味を取るまでに時間がかかる。
「でも、これで萌の腕を……」
「バンソウコウが大袈裟なの。単にセーターが切れただけよ」
村山が酷く不機嫌な顔で首を振る。
「明らか顔面狙いだった」
高津は身体を震わせた。
「……萌の顔を傷つけようとしたってこと?」
「それはわからない。二発目以降を見ても最初から避けられることを想定しながら投げた感はある。俺があいつを追うことを計算して、仲間を一人残していたぐらいだから」
布団を引きちぎりたいような衝動に駆られたが、当の萌がけろっとした顔で座っているのを見て自分を抑える。
「……萌、怖くないの?」
「もちろん怖いよ」
明るく笑う顔は、言葉と実際の乖離を表している。
萌が図太いのか、高津の肝っ玉が小さいのか。
(……それとも、村山さんがその場で充分慰めたか)
つまらない嫉妬を押さえ込んで、高津は村山を見る。
「……やったのは細川?」
「多分。それと萌を連れ去ろうとしたのは石井満。暁の家を襲った二人のうちの一人だ」
「逃がしちゃって良かったの?」
「細川以外の二人は今日から脅す。がんがん脅す。今月中にこの町から出て行きたくなるように仕向けてやる」
言葉は強いが、相当消極的な戦法ではある。
「元凶は?」
「細川は……あいつはちゃんとした裁きを受けなければならないだろうな」
我慢できずに高津は身体を起こした。
「そんなこと、できるの?」
「わからない」
村山がゼリーを萌から取り上げて袋に戻す。
「確かに力を使って人を殺すということを、普通の人に理解させるのは難しい」
「じゃあ、俺たちが裁くってこと?」
「それは私刑だ。俺たちも彼と同じ罪を負うことになる」
村山は少し眉をよせた。
「その辺りは少し考える時間をくれ。とりあえずお前達二人がやることは自分の身を守ること、それだけだ」
「俺は危険をある程度予知できるけど、萌は……」
「だからしばらく行き帰りは一緒に頼む」
萌を見ると、彼女はかすかに首を傾けた。
「その念力使う人、結構、遠くにいたよね、駐車場でも」
「四十メートル弱ってとこだな」
高津は震えが他の二人に見つからないように布団を胸の上までかぶる。
「あの距離でピンポイントに当ててくるんだから、グラウンドの金網にもたれかかってても危ないってことよね」
萌は考え込んだ。
「まあ、あたしを殺すつもりはないってことはわかったけど、痛いのは嫌だな」
高津は顔をしかめた。
「これからも脅しだけで済むのかな」
「済むんじゃない?」
何の根拠もない楽観的な台詞に苦笑すら浮かべることができない。
「どっちにしても、村山さんが暁達を県外に逃がしたことは正解だったみたいだね」
萌が大きく目を開けた。
「県外?」
「そう聞いた。それ以上は教えてもらってないけど……」
高津は村山を横目で見る。
「村山さんの出身大学辺り?」
「内緒」
「俺にわかるぐらいだったら、彼らにもわかると思うよ」
「じゃあ、思い当たる場所を言って見ろ。その中に入ってたら考え直すから」
高津は三つほど大きな大学病院を言ってみたが、村山の顔色は変わらない。
「……あってる、と言っておこう。だが、俺の言葉が真実である確率は二十パーセントだ」
どこまでが本当なのか、嘘なのか。
村山は萌を見る。
「さてと、そろそろお暇するか」
「うん」
「俺はこれから萌と二人っきり、人のいないところに行って、じっくりゆっくやることあるから」
「え」
思わず村山を見ると、彼は面白そうに笑った。
「有り体に言えば、デートだ」
別にやましいことをする訳でないということは、高津も重々承知している。
だが、だからと言って平静でいられる訳もなく。
「二十歳以下は新生児まで全部同じカテゴリーに入れる村山さんが?」
萌には悪いと思ったが、どうしてもそこだけは釘を刺しておかねばならない。
「萌は特別だから」
(ええっ!)
必要もない台詞を引き出してしまって、高津は焦った。
萌の顔が見た目にわかるほど紅潮したのも正直不愉快だ。
「身を守る練習だよ、そんなにムキになるなって」
「具体的に教えてくれない?」
声がとげとげしくなるのは仕方ない。
「さっき萌の能力について色々話をしていて気づいたことがある」
立ち上がりかけていた村山はその姿勢のまま動きを止めた。
「温度の制御はなかなか難しそうなんだけど、熱を加える体積はそれなりに制御できそうだなって」
「それで?」
「何か飛んできたときにそれを跳ね返す壁を作る訓練をする」
「どうやって?」
村山は意地悪く微笑んだ。
「第一ヒントはシャルルの法則。第二ヒントは萌の熱は摂氏二千度」
「……俺、風邪ひいて熱があるんだけど」
「ついでに言うと、萌は周りにいる俺たちが怪我や火傷をしないように、無意識に熱放射の向きや広がりを制御できる。これが第三ヒント」
今度こそ彼は立ち上がった。
それを見て、萌も続いて立ち上がる。
「お大事にね」
こんな時なのに声が弾んでいるように聞こえるのが癪に障る。
村山は穴の空いたゼリーを入れた袋を持つと、軽くこっちに手を振った。
「じゃあな、風邪、早く治せよ」
静かに閉められたドアを見ながら、高津は頭を抱えた。
自業自得だと言うことはわかっているが、萌たちが危険な目にあっているのに昼寝をしていた自分に腹が立つ。
自分がいれば、少なくとも萌は手を怪我などしなくて済んだろう。
それに、
(……何がシャルルだ)
確か空気の体積と温度が比例するとかいうあれだが。
ふと高津は眉間にしわを寄せる。
(熱放射の向きを制御する……って?)
言われてみれば、萌は高津に火傷をさせたことはない。
村山は緑のお化け退治の際に、本番、練習を含めて熱線を数発見ただけだろうが、高津はRPGの中で数ヶ月間も萌と一緒に戦った仲だ。
彼女の本気の熱が鉄をも溶かすほどの高温であることも知っているし、時として爆風が起こることも身をもって体験している。
(普通、側にいればそれだけで熱いよな)
確かにみどりんに熱線をぶつける時など周囲でも熱さを感じるシーンもあったが、萌の出す温度にしては可愛い感じが濃厚だ。
(……対象だけをヒートさせるってことか)
村山は制限された空間にある特定量の空気を熱して、膨張させるつもりなのかもしれない。
例えば萌の出す温度が二千度なら、その辺りの空気を八倍ぐらいの体積に膨らませることも理論上は可能な訳で……
(それも、膨張方向は萌の気分一つでセッティングできる)
高津は少し震えた。
熱線ならば萌が加害者とわかるが、空気銃なら黙って人を傷つけることができる。
(……だけど村山さんも、萌を武器にするつもりはないだろうし)
だからわざわざ防御に徹する「壁」の訓練をすると言ったのだろう。
「……ふう」
考え続けていると腹が鳴った。
思えば今日は病気の振りをするためにほとんど何も食べていない。
(……治ったことにして、何か食おう)
海老せんを数袋食べ、机に置いてあったジュースを飲んでから再度ベッドに転がる。
悶々としつつ数時間が経ち、さすがに腹が背中にくっつきそうな感じになってきた段で彼は起きあがった。
そして台所に行く。
「俺、もう大丈夫だから、晩ご飯、普通に食べる」
すると母は肩をすくめた。
「いつもより大目に作ってるよ。そろそろ元気になる頃だと思ってたし」
「……ちぇ」
テーブルに残りのせんべいを置き、高津は何の気なしにテレビを見る。
時刻は六時過ぎで、ニュースをやっていた。
「天気予報が終わるまでチャンネル替えないでね」
「ああ」
言いながら何の気なしにテレビから聞こえた固有名詞に眉をひそめる。
(……え? 石井満?)
どこかで聞いた名だと思って画面を見てから高津の背筋が冷えた。
「……で発見され、救急車で運ばれましたが、病院で死亡が確認されました。発見時、首に一カ所刃物で切ったような痕が……」
高津はニュースが終わると同時に、携帯を取りに部屋に戻った。




