ランチ8
「ところであたしたち、何の話をしてたっけ?」
「熱線のメカニズムの話かな」
村山は少し首をかしげる。
「前に温度計ぶら下げて試験したときの結果からすると、大気中から地味にエネルギーを取ってるみたいだと思ってさ」
「そうなんだ」
「あと、熱線が光って見えるところも色々考えさせられるんだけど……」
「そういうのがわからないと、次に進めないの?」
「それは大丈夫。俺は理学部じゃないから」
意味不明の言葉の後、村山が萌の練習方法について解説した。
「まずは萌が自分で何とかできることと、どうしようもないことを整理して、その中のどれが何を変化させるのに有効かを調べよう」
「例えば?」
「熱線を発する時間は自分で長くしたり短くしたりできるよな?」
「うん」
「そういう風に、自分で何とかできることを洗い出してみる」
首をかしげた萌に彼は言葉を継いだ。
「難しかったら逆にどうしても自分で制御できないことを考えてみてもいい」
萌は考え込んだ。
「みどりんを見たらつい発射してしまう……自分を止められない、みたいなこと?」
「それは逆に制御できてる方に入るんじゃないかな」
「そう?」
「そこの街路樹がみどりんだと思ったら燃やせるか?」
「跡形も残さないくらい燃やせる」
「じゃ、あの二本の木の、右が圭介で左がみどりんだと思ったら、右だけ燃やすのは?」
「……難しいけど……圭ちゃんの木が火傷するかもしれないけど、でもあれをみどりんに襲われている圭ちゃんだと思えばできる気がする」
「じゃ、とりあえず自分で何とか出来る方に分類するとして、逆の方の例を挙げると……」
村山は空を見上げた。
「天気の良い日と雨の日。それから昼と夜」
それはわかりやすいたとえだ。
「要するにあたしじゃどうにもならないことか」
萌は頷く。
「そういえば、屋内と屋外で出しやすさが違うとかある」
「そういうのをどんどん出してくれたらありがたいな」
二人は歩きながら思いつくままコントロールできるもの、できないものを言い合いっこした。
そうして駅デパの地下で高津にゼリーを買い、そのまま地下の駐車場に向かう。
(……このまま時間が止まっちゃえばいいのに)
こんなに二人きりで喋って、そしてこんなに近くにいられるなんて……
だが、村山が車の中に入り、手を伸ばして助手席のロックを解除した瞬間だった。
「っ!」
助手席側に突っ立っていた萌は、飛んできた何かを瞬時腕で払った。
痛みは感じたがそれどころではない。
「萌っ!」
村山が助手席のドアを開けて萌を車の中に引きずり込む。
「鍵を閉めて、絶対に外に出るな」
言うや否や、村山は外に飛び出した。
「む、村山さんっ!」
村山が高津への土産の入った袋を自分の顔の前にかざすと、それはパツパツと音を起てる。
「待てっ!」
紙袋を捨て、何かが飛んできたと思われる方向に村山が走り出した。
すると、五十メートルほど離れた場所にいた人影が、慌てたように走って逃げる。車の窓という限定的な視界からは、村山も男もすぐに消えた。
「あ」
瞬間、微かに震えが走ったので、萌は後部座席にあった村山の傘に手を伸ばし、それを握って恐怖を緩和させた。
(……一体何が起きているの)
出るなと言われていたが、村山が心配だったのでとりあえず、車の外に出て村山の様子を窺う。
(……さっき飛んできたのは、まさか)
思いながらさっき痛みを感じた腕の辺りに目をやって萌は声を上げた。
「きゃあ!」
見るとセーターの袖が五センチほど裂けている。
萌は真っ青になった。
(これって……)
だが、これが他の場所に当たったらなどという不毛な思考を萌は腹に力を入れて意識的に消した。
そして、自分を奮い立たせるために別の言葉を呟く。
(……た、妙のお気に入りのセーターを)
何が何だかまだわかっていなかったが、二度とこの服が着られなくなったことだけを心に言い聞かせる。
(……ゆ、許せない)
思った瞬間だった。
背の高い男の姿が右視野に入った。
「馬鹿な男だ。まんまと誘いに乗って」
見たことのない顔のその男は、にやりと笑ってこちらに近寄ってきた。
「さ、神尾さん、一緒に来てもらおうか」
一瞬、手のひらが熱くなったが萌はこらえる。
村山は彼女を切り札だと言った。まだ、彼らに力を教えるその時ではないのだと。
「どうして一緒に行かなきゃならないの? っていうか、あんたは誰よ!」
「人質になってもらうのさ。あの馬鹿な医者が真っ青になるところが早く見たいぜ」
村山を二度も馬鹿と言った男を萌は睨む。
「よくも」
萌は傘に被せてあったビニールを外して捨て、中段に構えた。
出てきた場所から考えて、こいつが飛び道具使いの細川でないことぐらいは萌の頭でもわかる。
それなら恐らく力はあってもただのテレパスだ。
「よくも妙のセーターを……」
へらへらと笑いながら隙だらけで近寄ってきた男をぎりぎりまで惹きつけ、そして左足を蹴って右足を大きく踏み込みながら真っ直ぐ突く。
「ぐえっ!」
迷いなく萌は再度みぞおちを突いた。
「ぐげっ!」
膝から崩れ落ちた男の右目に傘を突きつける。
「動かないで。あたしは本気で突くわよ」
蒼白な顔の男を睨み付ける。
本当は喉を突くのがセオリーだが、下手をすれば殺しかねないので、この方法しかない。
男の額から脂汗が流れた。
気を抜くとやられることはわかっている。だからずっと気迫マックスで村山を待つ……




