ランチ7
「そう言うわけで、自分たちの立ち位置を客観的に把握して欲しいというのが一つ。次は身の守り方」
「身の、守り方?」
「うん。そんな奴に襲われたとき、どうやって逃げるか、どうやって戦うかだ。圭介はある程度予知ができるからあらかじめ逃げ出す事も可能だが……」
二重の下で輝く瞳がこちらを見つめる。
「萌は少し訓練が必要だ」
自然に長くて多いまつげは、さっきの看護師よりも余程魅力的だと言ったら怒られるだろうか。
「今、お前ができないことでやらなければいけないことは、力の制御」
動悸が激しくなった萌は、わずかに首をかしげて村山から目を逸らした。
「秋は緑のお化けをやっつければそれで良かったから、お前の力についてはあまりいじってなかった。だけど今度はそういう訳にもいかなくなってるし」
「あ、でもね、昔みたいに、どかんと一発じゃなくて、ちょっとずつ小出しにするのはできるようになったよ?」
「持続時間以外にもコントロールが必要な要素はたくさんある。例えば温度とか、広さとか」
「温度?」
今まで考えたこともなかったが、そんなものが意識で何とかなるのだろうか。
「どうやってやるの?」
「それについては後で、もう少し人気のないところに行ってから訓練するとして」
(……ひ、人気のないとこ)
こんなときなのに、しかもこんな殺伐とした話をしているにもかかわらず、心臓が口とへその間を上下している気がするほど動揺した。
「次の条件はあくまで自然に」
「……って?」
「これについては俺の我が儘だから無視してくれてもいいんだけど、お前の力を人に知られたくない」
村山の言うことなら何でも聞く腹づもりはあるが、それでも意味は知っておきたい。
「どうして?」
「切り札は存在を知られないことが肝要だから」
今度は顔が火照る。
それを誤魔化そうと、萌はうつむいて皿の上の料理を片づけた。
「……それで温度?」
「うん。温度とか、熱を放射する体積とか」
「って?」
「そうだな、具体的には、もう少し低温域の熱も出せるとか、思った温度を自在に出せるとか、あるいは狙った範囲だけを熱くさせるとか」
村山が言うと簡単そうに聞こえる。
「どのくらいの温度を考えているの?」
「……そこなんだよ。お前、普通に二千度くらい平気で出すからなあ」
夏に皆で集まったとき、各自の能力を把握しようと言って村山が色々と実験したことがあった。
彼はいくつかの金属を萌に渡し、それに熱線を当てさせたのだが、一つを残してどれも見事に溶融した。
「ステンレスどころか白金線まで溶けたのには驚いた」
「白金だって知ってたらもっと慎重に溶かしたのに……」
知らなかったとはいえ、貴金属をゴミにしてしまった萌は怨ずる。
「φ0.3mmが五センチだから、さほどの値段でもないさ。それよりあのとき一つだけ融けなかった針金があるだろ?」
「うん。何か空気清浄機の……なんだっけ?」
「イオン化線」
「そうそう、それだけがどうしても駄目だったのよね」
「……酸化しないようにヘリウムボンベ使ったりとか、色々工夫してやった甲斐はあったと思う」
村山は頷いた。
「ま、結果として言えるのはタングステンと白金の融点から考えて、今のところお前の出す温度は千七百六十度以上三千五百度未満ってとこだ」
「うん」
「その温度をどんどん下げて、せめて半田が融けない程度まで下げられないものかと。そしてできれば百度ぐらいまで下げられればいいなって思ってる。メカニズムについての仮説が合ってれば、方法も見いだせそうだし」
「メカニズムの仮説って何?」
「つまりは恐ろしく広い空間を利用するヒートポンプじゃないかって思ってるんだ」
萌が曖昧に笑うと、村山は頷いた。
「例えば冷媒を圧縮すると温度が上がる、その熱を放熱してお湯を沸かしたりする。そういう原理だとすると……」
マスターが来たので村山は一度言葉を止める。
「この後、お飲み物は如何いたしましょう?」
「ホットコーヒーをお願いします」
「あたしはミルクティー、ホットで」
マスターは再び村山を睨む。
「……なんか凄い話をしてるね。とても若い女の子を口説いているようには見えないよ」
「口説くつもりなら、こんなところに来やしません」
「そりゃそうだ」
言われて初めて村山がここに自分を連れてきた理由を知る。
(……人が少ないから胡乱な話をしやすいってだけじゃなく、詩織さんにも気を遣ってるんだ)
共通の知人のいる場所で、浮気など普通はしない。
(いや、もちろん浮気する村山さんなんて村山さんじゃないから全然いいんだけど)
空になった皿を持って厨房に戻ったマスターは、すぐにデザートを台に乗せて持ってきた。
「こちらはバニラアイス苺ソースがけ、こちらは……」
熱を加えていないクレームブリュレもどき、クルミの入ったチョコレートブラウニーなど、五種類のドルチェがそこには載っている。
「うわ、美味しそう」
「全部お切りしましょうか?」
「え、いいの!?」
全部食べれるのだと思った途端、顔が紅潮する。
「お前、まだそんなに食べれるんだ」
萌は少し赤くなった。
「デザートは別腹だから」
「……まあ、俺もこれからラーメン食えるし一緒だ」
マスターが嫌そうな顔をした。
「やめてくれ。そういうこと言うの。最初にレディスでって言ったろ?」
「いえ、別に足りないってことを殊更強調した訳じゃなくて……」
「石けんぐらいのチーズ、切ってこようか?」
「済みません、俺が悪かったです」
飲み物を待ったが少し間があったので、萌は先にクレームブリュレもどきを食べる。
「村山さん、チーズ嫌いだっけ?」
「好きだけど、アルコールがないと石けんは無理」
「ごめんね」
彼は肩をすくめる。
「祝い事でもないのに、昼間から飲むなんて肝臓に怒られる。お前も気をつけろ」
「何であたしが?」
「お前の顔には酒飲みの相が出ている」
「え!」
「詩織と一緒だ。何となくだが、顔色も変えずに昼でも夜でもカパカパ飲むような気がする。肝臓や膵臓に注意だ」
「……そういう村山さんも甘いもの食べ過ぎ」
彼は少し考えた。
「糖尿のリスクは微妙に高いかもしれない。でも俺の糖尿よりもお前の肝硬変の方が確率高そうな……」
何だかじじむさい会話になってきたと思ったら、やっぱりマスターが飲み物を持ってやってきた。
「旨いはずの料理を不味くするな」
村山は遂に頭をスパンと叩かれた。
「君もよくこんな男と成人病の話をしながら、普通に食事なんてできるね」
「いえ」
むしろ一生一緒に食事を取りたいぐらいだ……
ゆっくりと甘いものを味わったあと、お代わりの水を持ってきたマスターに村山がカードを渡したので萌は慌てる。
「あ、駄目」
萌は慌てた。
「水面下でこそこそやると、割り勘できない」
マスターが笑う。
「ごちそうになれって。こいつはそんじょそこらの奴より裕福だから」
「もちろん今日は御馳走になるって約束なんだけど、将来働いて返す約束もあるから……」
彼は感心したように頷く。
「萌ちゃんは、好いお嬢さんだ」
「それはもう、筋金入りです」
「少し詩織ちゃんに似てるな。あの子もなかなかおごらせてはくれなかった」
「あいつはここまで天真爛漫じゃないですけどね」
「告げ口してやろ。お前が詩織ちゃんを計算高いって言ってたって」
「……勘弁してください」
支払いを済ませ、二人はゆっくりと外に出た。




