僕らの足跡 (3)
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その年の夏、僕は母と弟と一緒にイタリアへ旅行に行くことになった。僕はずっと憧れていた地に行けることを純粋にうれしく思い、浮足立った。いくつもの旅行会社のパンフレットを眺めながら、家族と僕の希望をそれぞれ満たすプランで予算に見合うツアーを探した。
母も弟も、そして僕も日本語以外の言語ができるわけではない。それに僕と弟は海外に行くのが初めてだ。大多数の人間が同じであるようにガイドがついたツアーを探すのは当たり前だ。飛行機や宿泊場所を個別に確保するようなことはできない。そうやって僕ら家族は旅行の二か月前にはプランを決めてツアーの予約をした。あとはその日に向かって徐々に準備をしていくだけだ。
特に準備の中で僕の興味を大いに刺激したのは銀行に行って日本円をユーロに両替したことだ。異国のお金を触る機会なんてこれまでなかった。ユーロのお札は日本のお札よりも何周りも小さい。これが異国の地では貨幣として馴染みのあるものなんだ。僕はそれだけで感慨深い気持ちになってしまった。これで実際に買い物をできる時をとても楽しみに思った。そうやって、僕は旅行までの日々を忙しく過ごした。
相変わらずマボロシは僕の代わりに学校へ行っている。でも彼は、僕がイタリアに行くことをとても楽しみにしていることを知っていたから、僕が旅行の準備をする時間を奪うことはなかった。
いよいよイタリアへ旅立つという前日の夜、僕はアカリと会った。僕はずっと行きたかった地へようやく行けるという喜びと、彼女と一緒にいられる時間ができたことに浮かれていたと思う。
「それで、いつこちらに戻ってくるの?」
「一週間後かな。朝早くに成田空港に着く便に乗る。」
「晴れるといいね。向こうの国って、スコールとか凄そう。」
「確かにね。ちゃんと傘、持ち歩かないとだ。」
僕らは居酒屋で食事をしながら話をしていた。ほとんどが僕の旅行についての話題だったと思う。もしこのとき、僕がちゃんと彼女の話を聞けていたら、ということを僕は後で何回か考えた。
「それで、アカリ。」
「うん?」
「今日、この後アカリの部屋に少し寄ってもいいかな。」
僕はこの日、できれば長い時間を彼女と過ごしたかった。それに最近はマボロシが表立っていることが多く、なかなか彼女に触れることができていない。だから旅立つ前に僕は彼女を抱きたいと思った。
「ごめん。わたしは明日も仕事だから、できれば帰ってからすぐ眠りたい。」
「そうか。じゃあせめて送らせて。」
「それも大丈夫。ナオだって早く帰ってちゃんと明日に備えないと。」
そう言って彼女は僕に向かって微笑んだ。そう言われてしまうと僕はこれ以上彼女に抗う気にはなれない。僕は素直に頷いた。
「わかった。ありがとう。」
「気をつけて行ってきてね。スリには気をつけるのよ。」
アカリは楽しそうに笑った。
そうして僕らは、それぞれの帰路についた。
次の日、僕は無事に旅立った。母も弟もずっと機嫌がよかった。もちろん僕も。飛行機の窓から見えるどこまでも続く海の上、曇っている地域だと飛行機の下に雲が見えた。ふかふかしていそうで、なるほど、これは地上から見る雲よりもあの上を歩いてみたいと思ってしまう。パスポートにスタンプが押されたことだけで僕と弟ははしゃいだ。看板も、街並みも、テレビも何もかもが新鮮だ。僕はあとでスーパーに入ってみたいと思った。この国の人はどんなものを目にして生きているのか、もっと知りたいと思った。
このツアーはミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマの四都市を回るツアーだった。イタリアについた初日はミラノに泊まって観光、次の日はヴェネツィアに移動して夕食と宿泊、そして次の日のお昼過ぎまでヴェネツィアに滞在して、フィレンツェに向かって出発する予定だ。
ミラノのガレリアは想像以上に美しかった。見事に高級ブランドのお店ばかりが並んでいて、僕ら三人はとても気後れしてしまって、思わず笑った。そしてドゥオモも僕が考えている以上に大きかった。上を見上げたら首が痛くなった。どれくらい離れたら全体像がカメラに収められるかを確認しながら歩いていたら、怪しげな人に突然、腕にミサンガを巻かれそうになった。危なかった。
そして数時間の移動を経て、僕はついにヴェネツィアの地に到着した。




