表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

それは或る夜の出来事 (2)

2/3

俺は目を開ける。さっきまでナオが見ていた光景が目の前にある。

「アカリ、初めまして。俺がマボロシだ。」

薄暗い部屋で、ナオと交代した俺はアカリと会った。

「初めまして。あなたがマボロシね。へぇ、表情も声の出し方も、ナオくんと違うのね。」

彼女はそう言って、まじまじと俺の顔を眺める。

「そして一人称も違うのか。不思議。」

そう言って彼女はたぶん、俺が話すのを待つように黙った。

「ナオが俺たちのことを話しているのはずっと聞いていた。そしてナオが言った通り、俺はあまり表に出て動くつもりはない。」

「うん。それはわかっている。でもそれを、どこまで信じるべきかわたしにはわからなかった。」

「どこまで信じるべきか?」

「マボロシは、ナオくんとわたしの関係をどう思っているの?」

「恋人同士じゃないのか?」

「そういう意味で聞いたんじゃない。ナオくんがわたしと付き合うことに対して、どう考えているかを聞きたい。」

「何か特別な気持ちになったことはない。ただ、ナオはアカリと会ってからいい意味で変わったから、それについて感謝はしている。」

それを聞いたアカリは、何か考えているようだった。

「マボロシは、わたしのことをナオくんと同じように好きなわけではないのね?」

顎に手を当てながら、彼女は聞いてきた。

「そうだな、俺自身は特にアカリに対してそういう感情があるようには思えない。」

「マボロシはこれから先、自分から人を好きになることがあると思う?」

「それはわからない。」

「もしマボロシ自身がわたし以外の人を好きになったとき、ナオくんとどうやって折り合いをつけるつもりなの?」

「俺は自分自身のことをナオの一部だという自覚がある。だからできれば、ナオの思う通りに生きてもらいたいと思っている。」

俺がそう答えると、アカリは考え込んだ。事前にナオを通して知っていたから、俺はその状態のアカリに声をかけることはしなかった。

俺は決してアカリのことが嫌いなわけではなかった。彼女が俺の嫌いなタイプの人間だった場合、ナオと深い関係になることは絶対に反対していただろう。でも、そういうわけではない。彼女は自分が平凡な人間であることを理解し、その範囲で真っ当に生きようとする姿勢は、俺にとって好ましく思えた。大言壮語なことばかり言っているくせに結局何もできない人間よりよっぽどマシだ。

「わかった。わたしがわざわざ言うようなことじゃないけど、ちゃんとナオくんとコミュニケーションは取ってね。わたしには自分の中にもう一人わたしがいる状態のことは想像できないし理解するのは難しいけど、確かにナオくんとマボロシは異なる人格で、それぞれ違った思考、違った好みを持っているということは、理解しているつもり。」

アカリはそう俺に告げた。その時の彼女の顔は、いつもナオを通してみている彼女と何も変わらなかった。

「それはそうと、わたしはもう少しナオくんのことが知りたい。ナオくん、さっき昔のことを少し話してくれたけれど、それはとても客観的で、自分が経験してきたことを語るというよりはわたしに説明するために無理やり言葉にしていると感じられる雰囲気があった。最後まで黙って聞いてほしいって言われたからずっと黙って聞いていたけれど、もう少し知りたいと思うことがあった。」

珍しく、彼女の瞳が不安そうに揺れた。

「マボロシという存在を生み出してしまうくらいショックを受けたんだから、ナオくん、本当にお父さんのことを好きだったんだろうって思った。きっと、もっと一緒にやりたいことがあったはずだし、ナオくんの成長していく日々には、当たり前にそこにお父さんがいるだろう、いるべきだと最後まで信じていたんだろうって思ったの。それなのに、ナオくんはお父さんが亡くなったときのこと、あんなふうに話すなんて...これまでナオくんが過ごしてきた日々のことを考えると、わたしは、とてもやりきれない。」

そこまで話して、アカリが涙をこぼした。慌ててベッド横のサイドテーブルからティッシュをつかみ取ると、彼女は目の周りをぬぐった。先ほど、ナオはアカリに父親が亡くなった時のことを話した。確かに彼女が言うように説明口調で淡々と。そして。

「こんな時期に亡くなるなんて、迷惑だと思った。」

ナオはいとも簡単に、こう言った。

「わたしはあの言葉、絶対に本心ではないと思った。本当はとても大切な事実なのに、思い悩んだ結果、それとうまく向き合うことができないとそんなふうに言えてしまうのかって。でもそれは仕方のないことだってことを、わたしはマボロシを目の前にして少しは納得しているつもり。だけど、それでもっ。」

そう言って、アカリは本格的に泣き出した。他人に起きた出来事のことなのに、こんなにも泣けるものなのかとアカリの涙を疑問に思いながら、俺は黙って彼女が落ち着くのを待った。

俺もナオのその言葉が本心だったとはまるで思っていない。俺が生まれたことによって父親が亡くなった前後で残っているナオの記憶は、忙しかった母、手のかかる弟。父親が亡くなった時には母親が取り乱して自分がしっかりしなければいけなかったこと。大人から口々に泣かなくてえらいと褒められたこと。学校や周りに父親が亡くなった旨を伝えたこと。周りから口々に伝えられる慰めの言葉。そして祖母から「これからしっかりね。」と言われたこと。そこに、ナオ自身の感情は存在しない。

それらは、ナオが無意識に切り離した記憶と感情が具現化してしまった俺の存在の根底にあるものだ。だからといって俺がその記憶によって何かを感じたりすることはないが。ナオは当時の出来事を感情を伴わないまま、自分が面倒だと感じた言葉だけで、これまで過ごしてきた。アカリの嗚咽が少し収まる。

「ナオは、幼い頃はよく父親と色々なことを学んだ。失敗しても褒めてもらえたし、うまくいくと一緒に喜んで、ナオが納得いくまで何度も繰り返すそれに飽きずに付き合ってくれた。だからナオは自分自身を嫌うことがあまりない。元々の自己肯定感はしっかりあると思う。」

「...うん。」

「これまで、ナオは何となく過ごしてきた。でもアカリと出会って様々な景色を見せてもらった。そしてその景色一つ一つに丁寧に向き合っているアカリの姿を見て心を動かされた。ナオはアカリと出会ってからずっとアカリを見ていた。それを俺は知っている。」

「わかった。ありがとう。少しでもナオくんの役に立てるようにがんばる。」

涙をぬぐいながら、アカリは俺を見た。

「よろしく頼む。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ