マボロシとナオ (3)
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俺が目を覚ました時、ナオは一心不乱に計算をしていた。その様子を俺はシャットアウトせず、綴られていく数式を眺めながら今後のことを考えていた。
俺はナオの悲劇の記憶を引き受けた存在だ。ナオが父親の記憶をどこまで持っているかは把握していないが、父親が死ぬ以前の大半の記憶と痛みを引き受けている。きっと今後もナオが嫌がる出来事があれば、それは全部俺自身が持つことになるだろう。
そうして俺は、ナオに俺自身の存在について説明しようと試みた。しかし、俺はナオの一部だ。今すぐナオにこの状況を説明しようとしても、ナオはこれまでこういった心理的な事象に関する勉強をしてきていない。年齢的にも仕方のないことだ。そんなこと、知っている方がおかしい。だから、端的に言うと俺自身も知識がない。俺は一旦ナオの体を借りることにした。その末に話し合った結果、俺はナオに名前をもらった。
「マボロシ」
それが俺の名前だ。
俺は基本的には何もしない。これはナオの人生だと割り切っている。でも俺は、ナオの見る景色や聞いている話をナオを通して知っている。だから興味があるものについては時々、ナオに体を借りて調べたりしている。ナオは父親から鍛えられた学習能力とひらめき、計算能力が高い。だが暗記力が圧倒的に弱い。何かの名前を覚えたり、テストでも丸暗記をしないと答えられないような科目がとても苦手だ。その逆で、俺は記憶力が高い。ナオからもらった時間には片っ端から本を開いて記憶していく。そしてナオが活動している間中、俺はその記憶した本の内容をゆっくりと読むのだ。言語は日本語のみならず、英語、フランス語、ドイツ語の本を良く読んだ。図書館で本を読んでいる途中に交代の時間になると、ナオにはよく呆れられた。
「僕にはまったく読めないのに、どうしてマボロシにはこの本が読めるの?」
そう言って、俺がどこから取ってきたかわからない本を司書まで返しに行っていた。
俺とナオはよく話をした。話と言っても、ナオは昔の記憶を簡単には思い出そうとしない。正確には、俺が思い出さないようにコントロールしているという言い方が正しいかもしれない。だから俺とナオが一緒にこの体を共有し始めた時から、ナオは昔の話を知り合う人にすることはほとんどなかった。父親がいないことを話せば、みんなだいたい同情してそれ以上のことは聞いてこなくなる。誰だってわざわざ人が悲しんでいることが容易に想像できるような話は聞きたくないだろう。でも結果的にそれは、俺にとっては好都合だった。それに、ナオは自分自身のなかで俺がどういう存在なのか、明確に認識していない。もしかしたら知っていても認めたくないだけなのかもしれない。どちらにせよ、お互いに積極的に存在意義の話をすることはなかった。
俺とナオがする話は、主に勉強や美術、演劇、これらのナオの趣味の話が大半だった。なぜか以前からナオは演劇が好きだった。高校の時は演劇部に入っていたし、その頃からよく芝居を観に行っていた。俺は一度ナオになぜ演劇が好きなのか聞いてみたことがあった。その時、ナオは「現実の世界で自分が絶対になれない役になれるから。その人になりきって考えたり振る舞ったりすることが楽しい。」と言っていた。それは俺にはない考え方だ。それから、ナオは家族の話を良くした。俺にはナオが見聞きしたものの情報は得られるが、それについてナオがどう考えているかまではわからない。だから、見聞きしたものの感想や考えについて、色々な意見を交わした。
そんなふうにして俺とナオは、ずっと共に過ごしてきた。




