6話 天才魔導士セドリックの戦慄と、王太子レオンハルトの「絶対に譲らない」宣言
「ぶ、ふふっ……何やら、天才的なまでに噛み合っていなかったな。まあ、クラリス嬢にしてみれば、寝耳に水で今朝知らせを受けたばかりだから、無理もないが」
「…………」
レオンハルトのすぐ後ろで、幼い頃からの幼馴染であり、この国の第一王子が絶対の信頼を寄せる公爵家令息――セドリック・フォン・リヒテンフェルトが面白がるように声を上げる。
五年もの間、誰にも知られず王太子をすべての厄災から守り続けた少女。
レオンハルトが国家機関まで動かしてようやく見つけた彼の守護天使――それが、ヴァイゼンベルク伯爵令嬢クラリスだ。
友人が唯一無二の己の光である彼女を、ガチガチに囲い込む気満々なことは百も承知している。裏から全力で手を回し、彼女を妃候補の『筆頭』に据えた張本人がこいつなのだから。
「……もっとも、お前の守護天使は、自分が愛の包囲網を敷かれていることに一ミリも気づいていないようだがな」
さっきのクラリスの反応を見るに、急な出来事に事情が呑み込めず、見当違いな斜め上の推測をし、逃げ出したご様子だが。
無自覚な天然令嬢と、彼女へのクソデカ感情を拗らせまくっている暴走王子。
(……めちゃくちゃ面白いな、これ)
セドリックは内心の笑いを噛み殺し、肩を落とした親友の背中をぽんぽんとあやすように叩いた。
「まあ、とりあえず落ち着けよ、レオ。気持ちはわからないでもないが、前のめりすぎて彼女、若干引いてたぞ。学園で接する機会は増えるんだから、徐々に仲良くなっていけばいい」
「引く……? なぜだ? 僕はありったけの親愛を込めて見つめていたはずだが」
「いや、さっきキモかったぞ、目が」
「き、キモいって何だ、失礼な! 僕はいたって真剣に――!」
「はいはい。まあ、お前にそこまで熱烈に言い寄られて悪い気がする女なんてそういない。自信を持って、これからじっくり口説き落とせ」
セドリックは雑に励ましつつも、ふと顎に手を当てて真剣な目をレオンハルトに向けた。
「……しかし、初めて近くで見たが、やっぱり不思議な魔力の質だったな、彼女。魔力量が膨大っていうのは、王宮に提出された魔力検査の資料でも確認してはいたが。ヴァイゼンベルクの家系は建国からの古い家柄で、歴代の当主が魔法でこの国に貢献してきたというのはみんなの知るところだが……」
だが、クラリスの魔力は、この世界のどの高位魔術師とも違う。こう、なんと言うか――。
――今まで見たことがない、得体の知れない“何か”が混ざっている気がするのだ。
「特別なギフト(天賦の才)持ち、と言いたいのか?」
「うーん、どうなんだろうな。ギフトという枠にも収まらない気がするんだよ。実に興味深い」
セドリックの言葉に、レオンハルトの青い瞳がすっと冷たく細められる。
「興味を持つな。彼女は僕のものだ」
「……そういう恋愛的な興味じゃねーよ」
「当然だろ。お前であっても、許さない」
「怖いな。純粋に魔導士としての興味だよ。しかし……ここだけの話だけどな」
セドリックは周囲に誰もいないことをもう一度確かめ、声を潜めた。
「魔法師団の兄上から回ってきた、例の『王都の森襲撃事件』の調査報告書を読んだか? 突如発生した不穏な大規模魔力反応、そして魔物の襲撃。それを一瞬で打ち払い消し去った、正体不明の『未知の術式』の残照――」
そこまで言って、セドリックはレオンハルトを見つめた。
「兄上たちは首を傾げていたが、十三歳から魔法師団に準所属するほどの天才魔導士である俺の目は誤魔化せない」
「天才とかって、自分で言うか」
「ふふっ、事実だろ。魔力の質を感知できる魔導士はそういないからな」
「あの奇妙な魔力の残照は、捜索した結果、間違いなくクラリス嬢のものだそうだ。彼女、あの時近くの貴族の屋敷で夜会に興じていたそうだが、途中で異変に気づき、ドレス姿のまま夜の森へ駆けつけて敵を叩き潰したんだろう」
「……ああ。知ってる。間違いない。彼女はまた、僕を、この国を守ってくれたんだ」
レオンハルトは軽く目を閉じて、噛みしめるように過去を振り返った。
「この五年間、帝国の陰湿な生霊も、呪詛も、暗殺の刃も……僕に届く前にすべて、彼女が闇に紛れて祓ってくれていた。国家の魔法師団すら気づかない脅威を、彼女はたった一人で」
「本当に、得体が知れないな。資料にあった伯爵家にまつわる歴代の魔法貢献の枠を、完全に逸脱している。だからこそ、俺は純粋に、魔導士として彼女に興味があるんだよ。一体どんな術を使えば、あんな真似ができるのか」
やれやれと首を振るセドリックに、レオンハルトは拳を固く握りしめ、強い意志を込めて告げた。
「術が何であろうと関係ない。僕は彼女のすべてを肯定する。これからは僕も、彼女を守る。……もう二度と、一人で戦わせるような真似はしない」
その王太子の決意に、セドリックは「はいはい、そうしてください」と、小さく肩をすくめるのだった。




