4話 式神をフルーツ探知機としてフル稼働させていたら、王子の愛が溢れていた件
お茶会が終わり、退場の列に並ぶ混雑のどさくさに紛れて、私はドレスの袖からすっと一枚の小さな形代(紙人形)を取り出し、すれ違いざまにレオンハルト殿下の影の中へ――そっと滑り込ませていた。
(よしっ、第一段階コンプリートね。これで殿下に忍び寄る不吉な気配は、いつでも私の手元で察知できるわ)
私の遠隔操作能力は決して万能なものではない。千里眼のように世界中どこでも見通せるわけではないし、射程だって限られている。
だが、「形代をマーカーとして付着させ、その周囲の不吉な気を感知して自動で防ぐ」くらいなら、前世の経験と技術で十分にカバーできた。
そして――それからの五年間。
私は自室にいながら、殿下の影に潜ませた形代を通して、彼に迫る密かな攻撃や暗殺の呪いを、影から式神を駆使して遠隔で祓い続ける日々を送ることになったのだ。
夜な夜な自室で机に向かい、形代経由で届く嫌な「気」をサクッと消去する。
……まあ、ちょっとした「影の守護業務」ルーティンなのだが。
(……ふふふ。でもね、術を『守護と祓い』だけに使うなんて、そんなもったいないこと私がするわけないじゃない!)
私の自室の窓辺。
そこには小さな式神たちが、山のような真っ赤な野生のベリーや様々な木の実、立派な旬のキノコなどをいそいそと運んできている光景があった。
そう、私は形代の「探索機能」を最大限に利用し、領内の森から美味しい食材を式神に集めさせていたのである。
(見てちょうだい、この立派なブルーベリー! 王都の高級店で買ったら一箱数千ルピはする逸品よ!)
式神たちは霊的な反応だけでなく、良質な『気』を持つ完熟した果実や食材を探すのにも非常に優秀だった。
屋敷の料理長にも新鮮な香草や森のフルーツを渡すと大変喜んでくれた。おかげで我が家の食卓にも木苺や山桃の美しいフルーツタルトや、ナッツたっぷりの美味しい焼き菓子などが並ぶようになったのだ。
数年かけて術式展開の精度にも磨きがかかり、私はすっかりお菓子作りにハマっていた。
*
「お嬢様……また何か甘くて美味しそうな匂いがいたしますが……?」
「ええ。今日は料理長に教わりながら、森のベリーでタルトを焼いたの。お父様やテオにも食べてもらいたいわ。メイ、一緒にお茶を淹れましょう」
「まあ! 最近はすっかりお菓子作りにはまってしまわれましたね」
「ええ、とても楽しいのよ」
赤いベリーがたっぷりの艶やかなタルトを覗き込んできた侍女のメイに微笑みかけ、私は焼きたてのタルトを丁寧に切り分けた。
(ふふふ、完璧な焼き上がりね。すごく美味しそう! 森の恵みで極上スイーツが楽しめるんだから、これはやめられないわ)
式神を「山菜&フルーツ探知機」としてフル稼働させ、食生活の充実とお菓子作りを楽しんでいた私だったのだが――。
一方その頃。
当のレオンハルト殿下側でどのような事態が進行しているかなど、私は知る由もなかった。
* * *
ここ数年の出来事として――。
・【十一歳】 殿下の茶会に仕掛けられた毒の呪いを、式神で無力化。
・【十二歳】 乗馬中に殿下を魔法で襲おうとした輩を、影から式神を使って祓いのける。
・【十四歳】 王位継承争い絡みの陰湿な生霊を、特製の形代で綺麗に霧散させる。
こうした出来事を経て、私は「陰陽師としての義務感」と「貴族としての最低限の責任感」、そして「この国と我が家と弟の平和な未来を守るため」のルーティン作業を淡々とこなし続けていた。
殿下に仕掛けられる呪いもここしばらくは落ち着いており、平穏な日々が続いていたため、「もう私が心配する必要もなくなるかもしれないわね」などとひと息ついていたのだが。
……だが――私がまったく気づいていないところで。
護衛相手である殿下の胸中には、五年の歳月をかけて、恐ろしいほどの“熱量”が静かに、そして深く燃え広がっていたのである。
『姿は見えない……だが、いつだって、暗闇の中から僕を守り続けてくれている』
『どんな凶悪な呪いも、一瞬で浄化してしまう圧倒的な力と温もり……』
『顔も名前も分からない……けれど、いつかその正体を知りたい。そして僕は、その人に、心からの感謝を捧げるのだ』
姿なき陰の守護者へ、溢れる想いを募らせていくレオンハルト殿下。
当の守護者が「あー、今日のタルトの焼き加減最高だわ」と能天気に焼き菓子を頬張っているなどとは、露ほども知らずに――。
*
そして――時は流れ、十五歳。
私は無事に、名門・アウレリア王立セレスティア学園への入学を迎える年となった。
自室の姿鏡の前で学園の制服に身を包み、最後の身だしなみチェックを終えてひと息つく。
そして、ふと頭によぎるのは、先送りとなった気がかりの一つ「王太子妃選定の件」だ。
学園には今年、私と同じ歳のレオンハルト殿下も入学される。
十歳のお茶会から、早五年。
本来であればもっと早く決まるはずだった王太子妃の選定は、恐ろしく長引いていた。
原因は、王宮内で渦巻く激しい政治闘争だ。
陛下と側妃の間に生まれた腹違いの異母兄弟たちが王位継承権を主張しており、派閥争いが激化していたらしい。
さらにはレオンハルト殿下を狙う度重なる暗殺未遂が相次いだ影響で、候補選考は難航・停滞を極めていたのである。
(まあ……だいぶゴタついて保留になったってことよね)
五年間、陰から殿下に迫る呪いをサクッと祓い続けていた当事者である私もそれなりに認識しており、無理もないことだと感じている。
これほど長引いた選考だ。高位貴族たちの思惑が交錯する中で、うちのような家格の娘など、最初の段階でとうに候補から外れているに決まっている。
今日から始まる学園生活では目立つことなく静かに過ごし、学園生活を楽しみながら、父の領地経営のお手伝いをしたり、領地のためにできることを模索する期間だと考えていた。
殿下の守護にしても、学園に通えば物理的な距離が近づくため、遠隔での対応も以前よりずっと楽になるはずだと。
*
準備を終えて玄関へ降りると、両親と、今日も天使なテオが迎えてくれる。
「お父様、お母様。ヴァイゼンベルク伯爵家の名に恥じぬよう、精一杯励んでまいりますわ」
「うん、勉強もだけど、よき友人との交流も楽しめるといいね」
「ああ、クラリス。学園に通うようになって忙しくなるでしょうけれど、体を大切にね」
「はい、お母様」
「お姉様、頑張って!」
「うふふ、テオ。お姉様、頑張るわ」
温かい家族に見送られ、学園へ向かって出発しようとした――その時。
我が家の門前に、王宮の紋章が刻まれた豪奢な馬車が乗り付けてきたのだった。
* * *
黒塗りに金の装飾がされた馬車から、宮廷の立派なお仕着せを着た使者が降り立ち、私と家族の前にうやうやしく歩み寄り、一通の書状を差し出してきた。
「――ヴァイゼンベルク伯爵家へ王宮から書状を預かってまいりました。こちらは御息女クラリス様宛でございます」
「あら……? 王宮から、わたくしへ……?」
緊張した面持ちでお父様が私を振り返る。
受け取った書状の封蝋をそっと剥がし、書状を広げる。
「……?」
そこに書かれていた一文を目にした瞬間、私の思考は完全にフリーズした。
『――ヴァイゼンベルク伯爵家令嬢 クラリス・フォン・ヴァイゼンベルク。貴女を第一王子レオンハルト殿下・王太子妃候補【筆頭】として選出いたします――』
(……は?)
突然の知らせに、思わずその場に固まってしまう。
(え? 筆頭!? なんで我が家が『筆頭』に入っているのよーっ!? どういうこと!?)
頭を抱えて叫び出しそうになるのを、私は必死で耐えた。
――当然ながら、私は知る由もなかったのだ。
五年間、自分を影から守り続けてくれた姿なき「恩人」を探し求め続けた第一王子がいたこと。
彼が国家の調査機関を動かして術の波長を辿り、長い捜索の末にその人物が私だと突き止めていたこと。
そして学園入学という機会を利用し、私を確実に手元へ引き寄せるため、裏から全力で手を回していたことなど。
私の平穏な学園ライフは、初日から破綻の予感しかしていなかった。




