3話 十歳のお茶会と、美しき王子に蠢くドロドロした生霊
――王宮の空中庭園。
青く澄み渡る大空のもと、見渡す限りの白大理石と、色鮮やかな薔薇が咲き誇るその場所は、まさに絢爛豪華という言葉がふさわしい広大な空間だった。
あちこちで響く優雅な弦楽四重奏の調べ。集まっているのは、王都でも名だたる高位貴族の令嬢たちだ。十歳そこらとは思えないほど華やかに着飾った彼女たちは、色とりどりのドレスをひらめかせ、扇の陰で密かに視線を交わし合っている。
宮殿ではお父様たちが別室に通され、参加者の令嬢のみがここに集められていた。
「あら、ヴァイゼンベルク伯爵家の方ですの? ……まあ、ずいぶん控えめなドレスですこと」
「ええ、とてもシンプルで……素朴でいらっしゃいますわね。ふふっ」
通りすがりに投げかけられる、上位貴族の令嬢たちからの嫌味を含んだ視線。
けれど、私は「まあ、お褒めいただき光栄ですわ」とおだやかに微笑み、優雅に一礼してスッとその場を離れる。
(マウンティングお疲れ様でございます。皆様、お若いのに社交界のお勉強を頑張っていらっしゃるのね)
彼女たちの言葉を軽く受け流しながら、私は庭園の中央に設えられたビュッフェテーブルへと視線を向けた。
(あったわ……! あれが噂に聞く、王宮のシェフ特製『栗のバスク風焼き菓子』……! 表面はこんがり香ばしく焼き上げられていて、中には濃厚な栗のペーストがぎっしり詰まっているという逸品。あれ、前から食べてみたかったのよね……)
心の中でお菓子への期待を膨らませていた、その時だった。
『第一王子、レオンハルト・アーデルクロン・アウレリア殿下のご入場です!』
侍従の厳かな声が庭園内に重々しく響き渡り、賑やかだった会場を一瞬で静寂が包み込んだ。
庭園にいたすべての令嬢たちが一斉にドレスの裾をふわりと広げ、最上級のカーテシーを捧げる。
静かな足音とともに歩み出てきたのは、今年で十歳になる第一王子――レオンハルト殿下だった。
光を映して輝く艶やかな金糸の髪に、吸い込まれそうなほど澄み渡るブルーの瞳。十歳とはいえ、すでに王族たる気品と、将来の美しい容姿を約束された凛とした佇まいをしている。
(へえ……あのお方がレオンハルト殿下か。超美少年って感じ。まだ十歳の可愛らしいお坊っちゃんだけど、さすがのオーラね)
私も周囲に合わせて深々と頭を下げつつ、チラリと上目遣いで殿下の様子を伺った。
だが――次の瞬間だった。
(……え?)
前世の癖で、何気なく「霊視」の焦点を殿下へと合わせた私の身体が、わずかに強張った。
普通の魔導士や周囲の人々の目には、ただの「美しく輝く王子様」にしか見えていないだろう。
けれど、私の眼にははっきりと見えていたのだ。殿下の首筋から胸元にかけて、どす黒くドロドロとした不気味な気が、まるで生きた毒虫のようにじわじわと這い回っている光景が。
(何かしらあれは……!? 魔力じゃないわ……あれは『呪い』? それも、時間をかけてじわじわと命を蝕んでいくような、かなり陰湿で質の悪い術よ……!)
思わず息を呑みそうになるのを、私は必死で堪えた。
扇を握る指先に、ギュッと力がこもる。
表情は一切崩さず、唇にはおだやかな微笑みを浮かべたままだ。けれど、私の頭の中では、前世の陰陽師としての鋭い観察眼が静かに研ぎ澄まされていた。
(呪いの印はまだ芽生えたばかりのようだけど……このまま放っておいたら、数年後には命に関わる事態になってしまうわ。一体誰が何の目的でこんな術を仕掛けたのかは分からないけれど……これは困ったことになったわね)
華やかな音楽も、周囲のささやき声も、遠くへ吹き飛んでいく。
先ほどまであんなに楽しみにしていた「栗のお菓子」のことすら、今の私の頭からは綺麗に消え去っていた。
(殿下に何かあれば国中が大混乱に陥るわ。貴族の政権争いなんて起きたら、我が家や領民にまで火の粉が飛んでくる。大切な人たちを悲しませる未来なんて、絶対に御免よ)
何より、まだ幼い男の子が、目の前で陰惨な呪いに蝕まれようとしているのだ。
それを見て見ぬふりをするのは、決してできない。
視線を向けると、大人の貴族たちに囲まれた殿下が、完璧な笑みを浮かべながらも、どこか寂しげな、そして気怠げな瞳をしているのが見えた。
やがて、数時間の茶会も終盤を迎え、そろそろお開きとなる頃、侍従が殿下の退出を告げる。
遠ざかる、その細く小さな背中を見送りながら、私は扇の影でそっと心に誓った。
(決めたわ。……お守りいたします、レオンハルト殿下。陰ながら、その呪いすべて、わたくしが祓って差し上げますわ!)




