第23話「私たちの巣作り」
「段ボール、結構集まったね。商店街の人たちに感謝しないと」
「陽菜多ちゃん、やっぱり愛されているんだね〜。よっし、期待してもらっている分、あたしたちは立派な巣穴を作らないとね♪」
「脱出口の設計なら任せてください! 安全基準を満たすため、万が一の時はすぐに避難できるようにしなきゃ……!」
「念のために言っておくけど、脱出口を増やしすぎて混乱を招くのも基準に違反するから気をつけなさいよ?」
生徒会の許可も下りたことで、私たちは翌日から巣穴カフェの準備を進めていた。
パン屋の小麦粉箱、八百屋の野菜箱、駄菓子屋の菓子箱。店名の残った段ボールが教室の壁際を埋めていた。陽菜多が商店街でどれほど愛されているのか、積み上がった箱の高さだけでもよくわかる。
ちなみに、運搬用の車は弥生先生が運転してくれた。「これまでずっとペーパードライバーだったけど、やっと役に立てて嬉しいよ!」なんて意気込みには不安だったけど、とくに問題は起こらなかった。
「よし……っと。奈緒、私の巣穴はどう? ただ単に段ボールを置くんじゃなくて、薄暗くて落ち着くように目隠しも追加したよ」
「いいわね、これなら隠れ家風カフェとかが好きな人にも喜ばれそうだわ。でも目隠しが多すぎると出入りが難しいから、そこは気をつけて」
我が同好会のうさぎ、カニ、ハムスターは元々器用だったこともあり、段ボールさえあれば次々に巣穴……カフェのブースを作り始めてくれる。
中でも陽菜多は小さな頃からの経験もあってか、とくに手早い。野生のうさぎもかなりの速度で穴を掘るらしいけれど、一心不乱に段ボールの加工を進める陽菜多の横顔に、愛くるしさだけでは隠しきれない野生を感じられた。
その巣穴は入口の布をめくると急に光量が落ち、座ると天井が近い。ここにいると陽菜多と二人で、制服のジャケットを頭から羽織って過ごした時を思い出せた。
ちなみに私は部長という立場もあってか、全員の補助と『人間目線での安全基準確認』をしている。現場監督っぽいけれど、率いているのが人間ではなく動物たちなのが不思議な気持ちになる……これが飼育係と呼ばれる由縁なのだろうか。
「じゃじゃ〜ん! どう? あたしの横穴という構造を活かした巣穴だよっ! 外の様子を眺められるだけじゃなくて、たくさんデコって入っているだけでも楽しくなるよ☆」
「……まあ、デザインセンスは改善されているわね。だけど、大きくて派手な飾り付けは控えなさい。小さな子供も来るかもしれないから、今は安全性を優先して」
相も変わらず自信満々なカニ女の巣穴は、横長の窓、きらきらした飾り、友人や親子が二人で入れる広さを備えた横穴だった。自宅の庭にタープを張ったような、手軽な秘密基地という印象だ。
良い意味で陽菜多のコンセプトとは逆で、いわゆるSNS映えしそうな飾り付けも思い出に残りやすいかもしれない。
だから以前のように苦言は控えめに、やや目立つ飾り付けをつつきながら、生徒会に見られても問題がなさそうな調整だけお願いする。星はカニとは思えないほどの聞き分けの良さで、「自分用の巣穴よりもちょっと控えめにしよっかなぁ」と作業してくれた。
……これまで星とは軽口の応酬が多すぎたせいで、素直に応じられると面映ゆくなってしまうのが困りものだ。
「できました……下水道を自由自在に移動する齧歯類のような、避難経路としても使えそうな巣穴です……!」
「なんで下水道を連想したのよ、あんたはハムスターでしょうが……入口と出口が別なのはいいけど、まだ脱出口が多いから、避難経路というよりも迷路みたいになってるわよ」
……もしかすると如月は、私たちの中で一番器用かもしれない。
陽菜多と星の巣穴を確認しているあいだに、如月は出入り口を複数設けるだけでなく、別途脱出口まで増設していた。本人的には、これでも脱出ルートを減らしたらしい。
私が入口から這い込むと、如月が別の穴からひょっこりと顔を出した。入口と出口の向きも、身を屈めて進む狭さも相まって、映画で見る下水道の逃走劇を思い出させる。
私たちの出し物が迷路であればそれでもよかっただろうけど、あくまでも『誰でも落ち着けるカフェ』ということで、もう少しシンプルにするように伝えると「うぅ、私はハムスターよりもドブネズミのほうが向いているかも……」と直し始めた。卑屈すぎるでしょ……。
「よし、巣穴の方針は概ね固まってきたから……私は家庭科部にカフェメニューについての相談をしてくるわ」
「奈緒、私も行きたい。家庭科部の人たちには、いつも助けてもらっているから」
全員と安全性の共有ができた私は立ち上がり、家庭科室へと向かおうとした。
私たちがカフェをすることになった際、それを伝えると向こうから「コラボメニューを作ろうよ!」と申し出てくれたので、その打ち合わせがあるのだ。
すると意外なことに、陽菜多が自分から同行を申し出た。私は少しだけ目を見張ったけれど、もちろん受け入れる。家庭科部までの短い道のりは、夕日に照らされた陽菜多の横顔ばかり見ていた。
「森田さん、いらっしゃい。草野さんも来てくれたんだ?」
「うさぎパイセン、おっすおっす! ちょうど今、うさぎの好物をイメージしたコラボメニューの試作を進めていたよん。その名も『うさぎが駆けつけるニンジンパウンドケーキ』!」
「わ、いい匂い……色も鮮やかだね。でも、私は葉物野菜推しなんだよね」
「そーなの!? くそう、“うさぎ=ニンジン”の固定観念に負けた……」
「安心なさい、陽菜多は野菜に関しては好き嫌いはないから……」
家庭科室に到着すると、すでにいい匂いが漂っていた。そしてすぐにほんのりオレンジ色をしたパウンドケーキを持ってきてくれて、私も陽菜多も目を輝かせる。
切り口には、すりおろしたニンジンの橙色が細かく残っていた。しっとりした生地を噛むと、バターの香りのあとから、ニンジンの柔らかな甘さが追いかけてくる。
これには葉物野菜を愛する陽菜多も、鼻をすぴすぴと動かしている。それを横目で確認した私は「何としてもレシピを覚えないとね」と決意した。
「カニのコラボメニューなんだけど、カニカマを使っても大丈夫なんだよね?」
「ええ、あくまでも“うさぎ、カニ、ハムスターを連想するもの”だから。星も『カニカマはカニ!』って連呼しているし、本物のカニは予算と調理の手間がね……」
「そーいうと思って、家庭科部からの提案は『カニカマのコーンスープ』だよ! 市販のコーンクリームとカニカマで作れる、簡単嬉しい一品!」
黄色いスープの表面に、赤いカニカマと小さく刻んだ野菜が浮かんでいる。先ほどのパウンドケーキと同じく彩りが美しいけれど、その味わいはほんのりとした塩気が優しい。
これならば、見た目にこだわる星も大喜びだろう。
「あ、これにもいろんな野菜が入ってる……あったかくておいしそう」
「本当? 草野さんに褒められるの、嬉しいな〜」
それからも家庭科部は事前に考えてくれていたメニューを披露してくれて、私はその心遣いに胸が熱くなる。
でもそれ以上に感じ入るのは、陽菜多と家庭科部の交流だった。
かつてここに来たとき、陽菜多は巣穴から様子を見続けるうさぎのように、私の後ろからぽつぽつと返事をするだけだった。
「家庭科部の皆さん。いつも奈緒を、そして私たちを助けてくれて、ありがとうございます」
「へへへっ、いいってことよ! モリリンは生物進化研究会のメンバーであると同時に、家庭科部の部員なんだから!」
「うん、その通り! 森田さん、部活の掛け持ち、これからも続けてね?」
「ええ。研究会が忙しくなっても、家庭科部を辞めるつもりはないから……これからも掛け持ちさせて」
以前なら私の背中に隠れていた陽菜多が、今は私の隣から、自分の言葉を家庭科部のみんなへ渡している。喜ばしいのに、やっぱり私は寂しさを自覚した。巣穴から外へ踏み出していくうさぎを見送るなら、きっとこんな気持ちになるのだろう。
笑って見送っているはずなのに、胸の奥では、ケージの扉を押さえたくなる自分がいた。
本当は今でも、心の中のケージへ陽菜多を囲っておきたい。私のところから出ていかず、私だけを見て笑っていてほしい。
そんな願いが、陽菜多のためにならないことも、今はわかっている。だからこそ、私は陽菜多と家庭科部の交流を見守れた。
……もちろん、悪意を持って陽菜多へ近づく相手なら話は別だ。そのときは番犬どころか、獰猛な狼にだってなってみせる。
「ハムスター風のメニュー、ヒマワリの種のクッキーだって……ふふ、これならうさぎの私でも飛びついちゃいそう。奈緒、これも採用するよね?」
楽しげな陽菜多の言葉に、私は目の前の皿を見る。
表面にはヒマワリの種が点々と顔を出し、噛めばざくりと音を立て、香ばしさが広がりそうだった。間違いなく、如月が好きなタイプのお菓子だ。膨らんだモチモチほっぺがすぐに頭へ浮かんでくる。
「ええ、もちろん。如月に見せたら、多分頬いっぱいに詰め込んで巣穴まで持っていくでしょうね」
「マジ? 今の生物進化研究会、そんな可愛い子がいるの? へへへ、これは今度挨拶しないと……」
「それならさ、今からちょっとコラボメニューで差し入れを作ろうよ。完成したらお近づきの印として、生物進化研究会のみんなも一緒に試食会をしよう!」
勘のいい陽菜多は、私の中の物騒な狼に気付いていたかもしれない。それでも彼女は私の隣にいて、今も手を引いてくれた。
その優しさをこれからもずっと、私以外の大切な人たちに向けていてほしい。だからこそ私は、おいしいものを作って巣穴を守りたい。
陽菜多が同好会のみんなを呼びに行く姿を見送りながら、私は家庭科部の人たちと一緒に料理を開始した。




