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私の幼なじみの自認がうさぎなんだけど…  作者: 花田一郎
第1章「私と奈緒の巣穴」

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第2話「飼育係じゃないわよ!」

 朝食を終えると、のんびりしている陽菜多の着替えを急かし、二人揃ってパン屋をあとにする。宣言通り、陽菜多のお弁当は葉物中心の野菜を挟んだサンドイッチだったので、栄養バランスのためにハムやタマゴサラダなどのたんぱく源を追加しておいた。

 私の隣を歩く陽菜多は口元をもぐもぐと小さく動かしていて、その手元には野菜スティックの残りが握られていた……野菜中心の食生活をしているこの子は、食欲自体は旺盛だ。


「あ、あの野草は食べられるよ」

「念のために言っておくけど、本当に食べたら怒るわよ。そしてその野菜スティックも没収するわ」

「食べないよ、見るだけ……じゅるり」

「信用できると思ってるの? この辺は犬の散歩コースでもあるんだから、食べたらいろんな意味で後悔するわよ」


 そして食い意地の張ったうさぎは道端に生えている草をちらりと見たかと思ったら、現代社会では役立てる機会も少ない豆知識を披露してくれた。ちゃんとした野菜スティックを食みつつも野草に食欲を刺激されるあたり、この子は野菜であれば無限に食べられるのかもしれない。

 若干名残惜しそうに野草を眺める陽菜多の手を引っ張って、私たちは通学を再開した。どさくさに紛れて握った陽菜多の手の感触は、私の機嫌をわかりやすく上向きにする。

 ……ずっと、こうしていたい。そんな本音は、握った手の中にだけ隠しておいた。


「……わっ」

「あっ、もう。よそ見をしてるからびっくりするのよ」


 それからも陽菜多は野草が目に入るたびにそちらに気を取られていたけれど、後ろから走ってきた自転車の音にびくりとして、それこそうさぎめいた小さなジャンプで私の背後に隠れる。

 肩越しに自転車が走り去るのを見送ったあと、陽菜多は安心したように私の隣へと戻った。昔からこの子は耳がいい分、急な物音には人一倍敏感だ。

 ……そのくせ、私が立てる音にはまったく警戒しないものだから、こうやって背中に隠れてくれる仕草すら可愛いと思ってしまう。

 この子はいつまで、私にこうさせてくれるんだろう?


「おや、陽菜多ちゃんに奈緒ちゃん。今日も仲がいいねぇ」

「おはようございます。いえ、仲良しとかじゃなくて普通のことですから」


 住宅地と商店街にほど近い通学路を歩いていると、どうしても顔なじみと遭遇しやすい。

 そして前を歩いてきたのは商店街にある八百屋の店主の奥さん、見るからに人のいい笑顔を浮かべる女性だった。無論、陽菜多とその両親とも面識がある。


「うさぎちゃん、今日は小松菜が安いよ。レタスもいいけれど、小松菜は栄養豊富だからもっと食べてね」

「……どうも」


 だというのに、陽菜多は私の袖を掴んだまま小さく会釈するだけで、借りてきたうさぎ──そもそもうさぎを借りてくる機会なんてあるんだろうか──のごとく小さくなっていた。

 そんな陽菜多の態度にもとくに気分を害することなく、「また来てね」と女性は微笑んでから歩いていく。昔から陽菜多を見守ってきた人らしい、おおらかな笑みだった。


「陽菜多、八百屋さんとは会うことも多いでしょう? まったく、私がいないときは無視してないでしょうね?」

「そんなことしないよ、ちゃんと挨拶してる。この前も『うちにも巣穴を造るかい?』って言ってくれたし」

「……あの商店街の人たち、優しいんだけどちょっとずれてるのよね」


 念のために尋ねてみると、陽菜多は首をかしげて当然のように返事をする。その言葉に呆れつつも、私は少しだけ安堵していた。

 この町で陽菜多は、ちょっと不思議な「うさぎちゃん」として知られている。誰も追い立てず、むしろ巣穴まで勧めてくれていた。そんな人たちに囲まれていることも、私の機嫌をよくして。


「奈緒? なんか嬉しそう」

「うるさいわね、さっさと行くわよ。ほんと、あんたといると退屈しなくていいわね」

「そう? 奈緒って本当に私のことが好きだよね……犬派だけど、うさぎ派に改宗する? 野菜スティック分けてあげるよ」

「うさぎっていう生き物は皮肉も通じないのね、気に入ったわ」

「ひどいウサ……」


 陽菜多の半歩前を歩いて、少し緩んだ顔を隠した。

 陽菜多はぴょこぴょことついてきながら──変な語尾で──私に野菜スティックを勧めてきたけれど、「それはあんたが食べなさい。学校に着くまでに」と固辞しておいた。


 *


 学校という閉鎖空間において、『面白い存在』というのは良くも悪くも目立つ。そして私の……もとい、うさぎ少女の陽菜多はここでどのような扱いを受けているのかというと。


「草野さん、おはよ」

「あ、うん」

「ああ、ごめんね。急に声をかけて」

「気にしなくていいわよ……おはよう」


 下駄箱に到着して靴を履き替えていると、後ろからクラスメイトの声が聞こえる。陽菜多は先ほどの自転車よろしく、ビクッと小さく跳ねて私と声の主を交互に見た。

 そして声をかけてきた女子生徒はこういうリアクションにも慣れっことばかりに謝ってきたので、代わりに私が返事をしておく。

 学校でも陽菜多はよく目立つ。けれど、クラスメイトたちは急に声をかけると彼女が驚くことも、返事が短くなりがちなことも、すっかり心得ていた。


「えっと、こっちこそ、ごめん。お詫びに野菜スティック、食べる?」

「飴とかじゃなくて野菜? 草野さん、本当にベジタリアンだね〜」

「いや、ハムも卵も普通に食べるし……」

「大丈夫よ、陽菜多って野菜が大好きだけど好き嫌いは案外少ないから。それはそれとして、野菜スティックはそろそろ食べきっておきなさい。ホームルームまでに食べておかないと没収されるわよ」


 陽菜多は人見知りをするけれど、人間が嫌いというわけじゃない。むしろ、私のほうが人の好き嫌いが激しいと思う。

 そんな私がクラスメイトたちとそれなりに会話できているのは、『陽菜多の代わりに返事をするため』という名目があるからだ。

 今も私の返事に対し、クラスメイトは「私も気持ちだけもらっておくね」と穏やかに返事をしてから教室へと向かっていった。陽菜多は残りの野菜スティックを必死にかじって、教室に着く頃には食べきっていた。

 もむもむと動く口元は、やっぱり可愛かった。


「おっ、うさぎ先輩と飼育係さんだ。今日も仲良しだねー」

「飼育係じゃないわよ! あと、“うさぎ先輩”ってなんで定着しているのよ!」

「パイセン、うさぎの親分みたいだから……それに語呂もいいし」

「どこがよ!?」


 教室に入って早々、私の席の近くのクラスメイト二人が笑顔で迎えてくれる……けれど、その言葉に対してだけは、つい過剰反応してしまう。無論、二人に悪気なんてない。

 どういうわけか、陽菜多のクラスでの愛称は『うさぎ先輩』が定着していて、そしてそう呼ぶ人たちの十中八九は陽菜多を気に入っている。

 一部のうさぎ好きに至っては『うさぎ先輩はうさぎが人に進化した奇跡の存在』なんてひそかに祀っているらしい……いや、本当になんでなの?


(というか、飼育係って何よ! 私は、陽菜多の……陽菜多の)


 陽菜多が嫌われたり馬鹿にされたりしていないだけで、このクラスには気のいい奴しかいないとわかる。そんな陽菜多のそばにいる私に対しても、決して奇異の視線は向いていない。

 ただ……陽菜多がうさぎ先輩と呼ばれるようになったのと同時に、私は“うさぎ先輩の飼育係”として名を馳せるようになってしまい。

 私は、陽菜多の……何なのだろう。

 自分で飼育係だと冗談にするのは平気なのに、他人からそう決められると、胸の奥が薄くざらついた。皮の上からニンジンを撫でる、そんな感触だった。


「まったく、どいつもこいつも……私をなんだと思ってるのかしら」

「本当だよね、人間社会は騒がしくてかなわないよ……ふう、やっと巣穴に到着した」

「……狭いんだけど?」

「緊急の巣穴だからね。よし、完成」


 自分の席に到着すると、朝っぱらからどっと疲れたような気がする。それもこれも、陽菜多の言うところの『人間社会の騒々しさ』が生み出したものかもしれない。

 そんな陽菜多は自分の席には向かわず、私を椅子の端へ押しやると、ぴったりと体を引っ付けて横に座り、脱いだ上着を頭から被って巣穴設営を宣言した。

 上着を被るだけの簡易的なものであっても、陽菜多は目に見えて落ち着いていた。むしろ、視線はさらに集まってるんだけど……。


「ああもう、勝手に人の席を巣穴にするんじゃないわよ! 自分の席に作ればいいでしょ!」

「だって、ここが一番落ち着くし……本当ならブランケットやクッションも欲しいんだけど、奈緒に引っ付くと安心できるからね」

「〜〜〜っ……よ、予鈴が鳴ったら席に戻りなさいよ! 私だって恥ずかしいんだから!」

「やったね」


 やった、と言いつつも、陽菜多の表情はあんまり変化していなくて。

 それでも口元は緩やかな曲線を描き、鼻はご機嫌であることを示すようにぷぅぷぅと小さく鳴らしていた。自称うさぎいわく、「私はうさぎだから、ご機嫌なときはつい鳴っちゃうんだよね」とのことだ。

 そんな私たちの一悶着もクラスメイトたちはしっかり見ていたようで、すぐ近くから「やっぱり飼育係さん、うさぎ先輩が大好きなんだなぁ」なんてはやし立てる声が聞こえてきた。

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