第17話「うさぎの巣離れ?」
あれから数日。陽菜多によって勇気づけられた私たちは、それぞれが『文化祭で示せるような成果作り』について調べていた。
といっても、星のようにコミュニケーション能力を育ててこなかった私にとって、頼れる相手というのは限られていた。幸運なのは、その数少ない相手に恵まれていることだろう。
「……というわけで。私たちでも成果を出せそうな方法を探しているのよ」
「モリリンたちがそんな大変なことになっていたとは……とりあえず、試作品でよければ食べていく? うさぎパイセンたちの分もあるよ!」
「ちょうど今は、私たちも文化祭で出す料理の開発をしてたから……差し入れが必要なら遠慮せずに来てね」
家庭科部を訪れて事情を説明すると、みんなは文化祭での出店に向けて忙しいはずなのに、試作品を振る舞ってくれた。
小さめの器に盛りつけられた料理たちに箸を伸ばす。それはどれもこれもおいしいというだけじゃなくて、妙に温かかった。こんな状況であるからか、目の奥にまでそのぬくもりが浸透していく。
「……おいしい。確かに、これなら文化祭でも喜ばれそうね」
「うちは代々が文化祭や地域行事への貢献で成り立ってるからね〜。ほんと、先人たちの努力には感謝せざるを得ないぜよ」
「あと、受け継いだレシピだけじゃなくて、それを発展させた新作開発も頑張ってるよ。森田さんも手伝ってくれたレシピもたくさんあるし……」
「そうよね、おいしい食べ物は誰にとっても嬉しいものだから……食べ物……」
味も彩りも申し分ない料理に舌鼓を打ちながら、私の中に小さなアイディアが芽吹く。
生物進化研究会も同じように料理を出せば、少なくとも巣穴の展示よりかは人が来そうな気がする。私も料理については一通りできるし、星も如月も器用だから、ちょっと教えればなんとか回せそうだ。
陽菜多は……誰よりも可愛いから、うさ耳をつけて料理を運ぶだけで客寄せになる気がする。問題は、陽菜多を見せ物にして私が耐えられるかどうか、だけど。多分耐えられない。
「失礼する……むっ、森田さんも来ていたのか」
「あ、どうも……」
「ありゃ? モリリンとちゃんうみパイセン、微妙な空気を出しててどしたの?」
「こら、生物進化研究会が大変なときなんだから……森田さんと海先輩を茶化しちゃダメだよ」
「郷田先輩と呼ぶように言っているのに……まともに呼んでくれる人のほうが少ないのはなぜなんだ……?」
そのとき、ノックの音に続いて副会長が入ってきた。手にしていたクリアファイルから、家庭科部向けの書類を取り出して渡す。
別に、ケンカしているわけじゃない。というよりも副会長の判断と言い分はいまだに正当性があって、対応に困っているのは私だけだろう。
でも、一連の出来事は自分自身の責任であるかのように、少しだけ気まずそうに眉を下げる様子を見ていると、私もきちんと向き合うべきだと思えた。
「あの、副会長……まだ決まっているわけじゃないんですけど。生物進化研究会も、料理を出すのとかはどうですか?」
「ん? 許可を取ってくれるなら別にいいんだが……でも、料理を出すところは多いから、“あなたたちならではの貢献”という意味では少し弱いんじゃないか?」
「……まあ、そうですよね」
「アンケート次第ではあるがな……仮に今後は料理メインで活動するのなら、私としては家庭科部との統合も検討してもらいたいが」
……相変わらず、この人はしっかりしすぎている。真っ向からの否定をせず、それでいて『統合という形での存続』まで提案してくるのだから、私にも反論の余地が欲しかった。
「うちらはモリリンたちなら大歓迎よ! けど、モリリンにも飼育係としての矜恃があるんで……ちゃんうみパイセンももうちょっと見守ってあげて欲しいッス!」
「そうだね。森田さん、私に手伝えることならいつでも言ってね。統合とか、そういうの抜きで協力するから」
「……もう。飼育係じゃないんだけど……そうよね、もうちょっとだけ、私たちも頑張るわ。じゃないと、家庭科部のみんなにも顔向けできないもの」
今すぐいいアイディアが浮かんだり、統合を決意したり、部長らしい判断ができていない私だけど。
それでも、家庭科部のみんなは私の背中を押してくれる。副会長も「まあ、時間はあるからな。もう少し考えてみなさい」と言ってくれた。
追いつめられつつある私たちでも悲観せずに済むのは、こういう人たちのおかげかもしれない。私は家庭科部からの差し入れを受け取り、重くない足取りで部室へと戻った。
*
「陽菜多、いる?」
「んー? 陽菜多ちゃんなら出かけていったよ?」
「『奈緒が寂しがっていたら安心するように言っておいて』っておっしゃってました。うさぎ先輩のほうがちょっと寂しそうに見えたのですが……」
朝は一緒に登校し、授業の合間も大抵そばにいる。それなのに部活動が始まると、陽菜多はしばしばどこかへ出かけ、私が顔を見せても会えないことが増えていた。
そのすれ違いというにはあまりにもささやかな空白は、引っ越しを終えて空っぽになった巣穴を眺めるような、無視するには大きい寂寥を覚えさせた。
「奈緒ちゃん、あたしたちがいるのにそんな顔しないでよ〜。奈緒ちゃんってさ、陽菜多ちゃんの位置情報を把握してないと落ち着かないの? 現在地の共有アプリでも入れておくのはどうカニ?」
「う、うるさいわね……そこまでしないわよ、今は」
「そのうち本当にやりそうなんだけどそれは……しかも陽菜多ちゃんも拒否しなさそうなのがまたねぇ……」
巣穴ではなく机に向かい、企画を練っている星と如月のところへ向かう。
星はいつも通り軽薄な態度だったけれど、広げられたノートにはすでにいくつものアイディアが記載されていて、無駄に上手いカニのイラストも所々に描かれている……そのカニの一匹が『巨大水槽でおもてなし!』なんてコメントしていた。何をするつもりなのよ。
「……あ、あの、森田先輩」
「なによ?」
「ひいっ……差し出がましくてすみません、やっぱり何でもないですぅ……」
「あ、ご、ごめんなさい……言い方、悪かったかしら」
「あはは、睦美ちゃんリラックスリラ〜ックス〜。段ボールに逃げなかっただけでも成長したけど、陽菜多ちゃんがいないときの奈緒ちゃんはだいたいあんな感じだから怖がらなくていいからね〜」
「うう、お見苦しいところを見せてしまいました……マシュマロ、マシュマロをほっぺに詰めて勇気を出さなきゃ……」
「勇気の出し方、おかしくないかしら……」
癪だけれど、カニ女の指摘はそこまで的外れでもない。
どうやら私は陽菜多と顔を合わせる時間が減ると、ほかの人からは不機嫌に見えるらしい。自分だとそうは思わないけど。ほんっとうに、そんなことはないと思うけど。
だから私はマシュマロを頬に詰め込み始めた如月に対し、できるだけ優しい声を出すように努めた。如月は「おいしいれふぅ……」とご満悦になってから、ちゃんと話し始めた。それでいいの……?
「……うさぎ先輩は、私と同じ小動物……あっ、私のほうがより小さくて些細な存在ですが……でも、だからこそ、巣穴を捨ててどこかに行くとは思えないんです。この前も、森田先輩がいないときに、『いつでも奈緒が戻ってきてもいいように』って、巣穴の手入れをされてました」
「……陽菜多が……あの子ったら、もう」
「おおっ、急にご機嫌な顔になっちゃってぇ……奈緒ちゃん、伝統的なツンデレさんでカワイイねぇ」
陽菜多の巣穴に目を向ける。そこはきれいに掃除されているだけじゃなくて、いくつもの『私を迎えるための準備』が見て取れた。
私が使うクッションやブランケット、料理雑誌、好きなお菓子まで……そこは本当に、“私と陽菜多のための巣穴”だった。
教室に差し込む夕日が、いつも以上に目に染みる。何度も一緒に過ごしてきた私たちの面影が、『大丈夫だよ』と語りかけてくるようだった。
それでも私は、立ち上がる。理由? そんなの、決まっている。
「……ちょっと出てくるわ。陽菜多に会いたいから」
「いてらー! んふふ、今日はそのまま直帰していいよ?」
「……やっぱり“なおひな”ですよ……これぞ理想の百合カプです……」
茶化されはしたけれど、二人とも私を引き止めず、素直に背中を押してくれた。
……如月が聞こえないと思っていそうな小さな声で、よくわからないことをのたまったけど。
私はそんな仲間たちに背中を押され、夜に包まれる前に陽菜多を見つけようと心に誓った。
*
陽菜多の痕跡をたどるのは、そんなに難しくなかった。
だってこの町は、陽菜多とそのうさぎ性を受け入れてくれているのだから。
「おかえり、お姉ちゃん。今日ね、陽菜多お姉ちゃんがわたしの部屋にある巣穴の写真を撮ってたよ」
「それが終わったら、姉ちゃんの部屋に行ったよ。今は静かだから、寝てるのかも」
「……そうなのね。教えてくれてありがとう」
陽菜多の足跡をたどるように、私は商店街、陽菜多の家を経由し、自宅に戻っていた。
そして妹と弟が教えてくれたように、彼女は『自分と巣穴を受け入れてくれた人たち』のところを回っているようだった。
『うさぎちゃんかい? 荷物運びを手伝ってくれたあと、その空き箱で巣穴を作って、写真を撮ってたよ。本当に、優しくて素直ないい子だねぇ』
『陽菜多なら奈緒ちゃんの家に行くって言ってたよ。ふふふ、あの子ったら自分の部屋の段ボールだけじゃなくて、小さな頃、倉庫に作った巣穴の点検もして、それから写真を撮ってたかな』
八百屋さんと陽菜多のお母さんの言葉を思い出す。
あの子は多分、自分の巣穴を見て回っている。それはうさぎらしい縄張り意識があるのと同時に、きっと、私たちの居場所を守るためのヒントを探しているんだろう。
私はきっと、誰よりも陽菜多のことを理解している。仮に私よりも理解している人がいたら、私はそれを上回るように努力する。
そして今も、それをする。だって、陽菜多が好きだから。
「私、陽菜多に会ってくるわ。お母さんに『ご飯は遅れるかもだけど、陽菜多の分も用意して待ってて』って伝えてくれる?」
「うん、わかった〜。陽菜多ちゃんとご飯、嬉しいな〜」
「あんま遅くならないでね。みんなで食べたいから」
そして私の家族も、陽菜多が好き。そんな家族たちが、改めて好きになった。
だから陽菜多も、私の家族でいて欲しい。それがどんな意味を持つのか、そう考えたら頬が熱くなるけれど。
それでも私は足早に、でも音を立てずに自室へ向かった。




