第16話「断固拒否する!」
「退去って……なんでですか!? 私たち、ちゃんとした活動報告書も提出しました!」
「それはきちんと受理したし、内容だって問題はない。ただな……」
突然の指示に対し、口数の多さなら天下一の星ですら唖然としていた。如月は「そ、そんな……うーん……」と倒れそうになり、陽菜多は如月を巣穴のそばへ座らせると、自分もその傍らへ身を戻した。
それを見ていると、すぐさま「私が守らないと」と思えた。正直なところ、副会長の意図はなんとなく察しがついている。
だとしても、納得できるかどうかは別だった。私が一歩前に踏み出すと、副会長は眉を歪めた複雑な表情を浮かべた。
「活動実績から考えると、やはり『専用の教室を一つ与え続けるのは難しいのではないか』という意見が根強いんだ。くだんのオンラインセミナー同好会もそうだが、ああいう手合いに十分なスペースを与えてしまったら、その判断自体が健全な活動として認めたと捉えられてしまう……これは我々の落ち度でもある、本当にすまない」
「だ、だからって……!」
やっぱり、というのが私の本音。だからこそ、副会長に食ってかかるのは難しかった。
私たちの規模と活動内容で教室を使い続けていると、ほかの同好会に追及された場合に反論が難しくなる。もしも私が副会長の立場であれば、同じ判断を下したかもしれなかった。
……それはそうと、肝心の会長は「にゃあ……」と意見する機会を窺っていて、どっちの味方なのか判断しかねた。姉妹げんかを見守る猫みたいだ。
「ただ、生物進化研究会を解散させるつもりはない。あくまでもここが使えなくなるだけで、集まるだけなら図書室や相談室を一時的に使ってもらってもいい」
「……副会長の言ってることはわかります。でも、ここは」
一瞬、考える。
仮に空き教室が使えずに、生物進化研究会が空中分解のようになった場合でも、私と陽菜多にはお互いの家が、そして部屋がある。
だから、私たちが二人で巣穴に入って過ごすだけなら、素直に生徒会に従っても結果は変わらない。
だから、諦めてもいいんじゃないの? 森田奈緒は、草野陽菜多のことだけを考えていればいいんじゃないの?
……ふざけんじゃないわよ!!
「待ってください!」
危うく自分への悪態を生徒会に向けて吐き出しそうになったら、教室のドアが勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、弥生先生だった。ぜえぜえと息を切らしていたけれど、私たちと生徒会のあいだに割って入る姿は、動物園の園長じみた力強さがあった。
「生徒会の皆さんと、先生方から話は聞かせてもらいました。まず最初に、顧問である私の指導不足をお詫びします。報告書の作成を含め、活動内容の指針についても、みんなの自主性に甘えてしまってました」
「そんな、先生は……!」
先生は生徒会に深く頭を下げて、自分の落ち度を謝る。この人はこれまでずっと私たちの居場所作りに心を砕いてくれて、一度も責任から逃げたこともなかったのに。
それは「この人が顧問でよかった」という嬉しさと同じくらい、「こんなにも優しい人を巻き込んでしまった」という申し訳なさを感じてしまった。
私が代わりに謝ろうとしても、先生は一歩も引かない。
「ですが、ここはもう、部員のみんなの居場所なんです。草野さんと森田さんがお互いのために学校での居場所を作ろうとして、星さんはそれを楽しく広げようとして、如月さんは勇気を出して新しい場所へと飛び込んだ……ここがあったからこそ救われて、そして成長できたんです。それは、健全な部活動であることの証拠ではありませんか?」
「……先生のおっしゃることはわかりますし、生徒のための熱意は尊敬すべきものです。ですが、ここだけでなく、そのほかにも部室利用に適さない同好会はいて、そのすべてに同じことを伝えているんです。我々は生徒会、すべての生徒に対して公平でないといけません」
その絞り出された言葉は、ほんの少しだけ、悔しさが滲んでいるように感じた。
副会長だって、これまで私たちに機会をくれていた。公平であろうとする彼女に反抗すれば、陽菜多たちにも迷惑をかけるかもしれない。
私は、私は──。
「いいえ、断固拒否します」
その時、熱のこもった教室へ、草原を渡る涼風のような声が差し込んだ。
後ろを振り向く。すると、陽菜多が巣穴から歩いてきて、私のさらに一歩前まで踏み出した。
「ここは私だけの巣穴じゃない、なくなったら困る人たちがいます」
「だから、それはさっきも話したとおりで」
「もちろん、何もせずに居座るつもりもないです」
これまではろくに話しかけてこなかった陽菜多に、副会長は半歩だけ後ずさる。
うさぎは追いつめられると天敵に対しても牙──というか前歯──を剥くらしいけれど、今の陽菜多は草食動物というにはあまりにも雄々しい、決意を秘めた真顔だった。
……場違いなのはわかってる。それでも私はこれまで見たことがない幼なじみの力強さに、どうしても胸の高鳴りが抑えられない。
「活動実績があればいいんですよね? なら、文化祭までに作ってみせます。それで、文化祭にふさわしい同好会だと認めてもらいます」
「あ、それはいいですね……海さん、こちらの同好会への最終的な審査は、文化祭での活動内容も踏まえて判断するのはどうでしょう? 文化祭は生徒たちへのアピールだけでなく、地域の皆様との交流でもあります。こうすれば、より多くの人にジャッジしてもらえるのではないでしょうか?」
「会長まで……はぁ、もう……普段からそれくらい、積極的に意見してくださいよ。生徒会長の仕事は校内のお昼寝スポットを探すことじゃないんですよ?」
「にゃあ……あれは見回りでもあるんです……」
陽菜多の宣言に会長が助け船を出したことで、副会長は疲れ切ったようなため息をついた。それでも、真っ向から否定することはない。
……もしかすると、うちの学校の生徒会長は、案外人望が厚いのかもしれなかった。でないと、あの生真面目な副会長が折れるとは思えないから。
「……ひとまず、文化祭での来場者への貢献と、そのアンケート結果が出るまでは教室の返還も猶予する。ただし、文化祭までに問題を起こしたり、アンケート結果が悪かった場合は本当に退去してもらう。それでいいか?」
「わお! ありがとう、海ちゃん先輩〜! 大丈夫大丈夫、あたしたち、追いつめられたら野生のパワーで何とかしちゃうんだから!」
「追いつめられる前から何とかしてほしいんだが……というか、郷田先輩と呼ぶように何度も言ってるというのに……」
「わ、私はちゃんと呼びますから……! 郷田先輩、ありがとうございました! このご恩、ハムスターになっても忘れません……!」
「あなたは段ボールから出てきなさい……ううん、本当に大丈夫なんだろうか……」
「うふふ、皆さんなら大丈夫ですよ……では、頑張ってくださいね」
かくして副会長は頭を抱えながら、生徒会長は笑顔で上品な礼をしながら出ていった。
ずっと陽菜多に見惚れていた私は声をかけようとしたけれど、陽菜多は脱兎のごとく巣穴へと飛び込んで、その隅っこでぷるぷると震え出した。
「……奈緒、どうしよう。何も考えてなかった」
「……は!? ちょっと陽菜多、あんた……まさか、勢いだけで学校と交渉したの!?」
「うん……奈緒が頑張ってくれていたから、私も、って……でも、もう無理……部長、助けてウサギ……」
「……あはは! やっぱり陽菜多ちゃん、すっごく面白くて格好いいね! あーあ、あたしも頑張らないとなぁ……♪」
「笑い事じゃないんだけど!?」
……まあ、そうよね。
巣穴へ駆け戻って震える背中は、さっきまで教室の誰よりも大きく見えていたのに、もういつもの陽菜多の大きさだった。
けれど、そんなうさぎ少女が私たちのために勇気を振り絞ってくれたという事実が、とても誇らしかった。
私のためだけじゃなくて、この場にいる全員のために。それは嫉妬深いはずの私であっても、「そんな陽菜多のことを好きになれてよかった」と思ってしまうのだ。
「うう、でも、どうしましょうか……いざという時は皆さんと一緒に逃げるため、脱出経路を増やすべきでしょうか?」
「あはっ、それも面白いかも! じゃあ、あたしは……文化祭に向けての準備を手伝ってくれる、ヘルプの子たちを探してみようかな?」
「大丈夫、みんなならできるよ! 先生もこれまで以上に、顧問として責任を持つから!」
「……そうね。ほら、陽菜多。みんなも頑張っているんだから、あんたももうちょっとだけ、格好いいところを見せなさい。私もすぐそばにいるから」
「……うん。私も、やれることから頑張ってみるよ」
状況が根本から解決したわけじゃない。何なら、新しい壁が立ち塞がっている。
それでも私たちに絶望している人はいなくて、それぞれができることを考え始める。
その姿は、先生が感動するのもわかるくらい『青春そのもの』に思えて、私は陽菜多を励ましつつ、これまで以上に部長として頑張ろうと誓った。




