第15話「生物進化研究会、解散の危機!?」
「この前、海ちゃん先輩が話してた『怪しい活動をする人たち』って覚えてる? あれからさぁ、あたしも部員の勧誘をするついでに、その怪しい人たちについて聞いてみたんだよねぇ」
「言っておくけど、あんたも変な勧誘はしてないでしょうね? ただでさえうちは『うさぎとカニとハムスターが巣穴を作っているところ』なんて噂が広がっているのに……事実だけど」
「あたしはそんな悪質営業マンじゃないもん! ちゃんと『カニみたいなハサミと足を手に入れたくない?』って伝えてるし!」
「……もしかして私たち、その怪しい連中としてカウントされているんじゃないかしら……」
報告書を出してからの日々は穏やかだった。放課後は次の活動について話し合う……はずが、巣穴でまったりする時間も増えていた。私も陽菜多に誘われると、つい一緒にのんびりしてしまう。
「でさ、その怪しい同好会の正体って『オンラインセミナー同好会』だったよ!」
「……は? 何よそれ、うちよりもよっぽど活動実態がわからないんだけど」
「あたしたちは真っ当でしょ! んでんで、その同好会は所属している生徒たちが『短期間でこんなに変われた』とか『将来のビジネスの仕組み作りに成功した』みたいな実績をアピールして、しかも、その実績の多くが誇張だったみたい。そうやって有料セミナーへ勧誘して、参加費を集めてたんだって」
「典型的なSNSの詐欺アカウントのやり口じゃないの! なんでそんな活動が承認されていたのよ!?」
星からその全容を聞くことで、私はすぐに「絶対に陽菜多を近づけないようにしないと」と誓った。
たしかにこの学校は部活動に寛容で、私たちでも同好会として──今は──認められているけれど。
自分のノウハウを教えるだけならともかく、それを金儲けに使うという狡猾さは、陽菜多のような純真な人間を狙う捕食動物めいていた。あえて言葉を選ばないなら、私が一番嫌いなタイプの連中だった。
「あっ、実は私……一度だけ参加したことがあります……」
「あんたも何をしてるのよ!? まさかとは思うけど、参加費を奪われてないでしょうね!」
「ひえぇぇぇ……『君も理想の自分になりたくないか?』なんて言われたので、つい……! で、でも、参加費は一度だけ、初回特別価格の千円しか払ってませんから……!」
「今度一緒にその同好会へ殴り込みに行くわよ! それと、同じような話がまた持ちかけられた場合、絶対に私たちへ相談しなさい!」
……陽菜多も心配だけど、如月はそれ以上ね……。
彼女は怯えて段ボールを被ってしまったけれど、陽菜多が「大丈夫、奈緒は心配してくれているだけで怒ってないよ」と野菜スティックを差し出しつつ補足してくれたら、如月はひょこっと出てきて野菜をかじった。
「それでさぁ、その同好会が解散させられただけで終わればよかったんだけど。文化祭が近いこともあって、部活動への監査が強化されちゃったみたい」
「……ああ。あの副会長の言い分を予想すると、『文化祭でも活動できる程度にはまともじゃないと認可はできない』ってところかしら。真っ当すぎて、反論の余地がないわね……」
陽菜多から野菜スティックを受け取った如月は、「おいしいれふぅ……」と頬を膨らませる。詐欺まがいの同好会とは対極にある、心癒やされる光景だった。
私はこの牧歌的な居場所を守るため、星に続きを促した。
「監査って何をするのカニ?」
「ええと、副会長からもらった書類だと……『部員数、活動実績、報告書、教室の使用状況を確認し、活動実態が乏しい団体には部室や部費を返還させる』って書かれているわね」
「あの、私たち、報告書を出したのは一回だけで、あれから校外活動もしていません……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、ちゃんと巣穴の手入れと改善は怠っていないから。私たちの巣穴は二人用として進化してるし、星さんはもっとおしゃれになったし……如月さんは脱出用の出入り口も追加したみたいだし」
「それ、活動実績として認められるのかしら……」
先日、副会長から「ちゃんと目を通しておくように。活動を始めた時点で目を通したものとして扱うからな」と渡された書類を読み上げてから、私はみんなの巣穴を見渡す。
陽菜多は私と快適に過ごせるようにクッションなどを増やし、星はみんなと一緒に撮影した写真を貼り付けていて、如月はまるでネズミの通り道みたいな出入り口を追加していた。
……自信満々な陽菜多には悪いのだけど、これ、あの副会長がOKしてくれるのかしら……。
「案ずるより産むが易し。奈緒ママ、とりあえず今日は巣穴をさらに進化させて、次の校外活動……うさぎカフェへ行く日程を決めようよ」
「ちょいちょいちょい! 次はみんなで川へサワガニを捕まえに行くんでしょ! 水槽の準備だって進めてるのに!」
「……わ、私は……リスと触れ合える公園……なんでもないです……」
「ああもう、話し合いをするんなら順番に意見を言いなさい! それと、ママじゃないわよ!」
不安はある。巣穴で過ごす時間が嫌というわけじゃない……むしろ、陽菜多たちがいてくれるこの空間は、私にも「まあ、今日はいいかしら……」なんて思わせてしまう。
だから私は手を叩き、机を寄せ合って会議の準備を進めた……けれど。
「……ん? 奈緒、外でなにかが倒れるような音が聞こえたよ」
「え? もしかして、先生が転んだのかしら……ちょっと見てくるわ」
陽菜多は入り口のドアへと向き直りながら、じっと耳を澄ませている。私の手を叩く音との聞き間違い……とは思わない。陽菜多の耳は、本当にうさぎ並みじゃないのかと信じたくなるレベルだった。
だから私は少しだけ心配しつつドアを開くと。
「……は?」
「……うう……お腹が空きました……」
ミスト色のロングヘアがまず視界に入る。きれいなのに、妙に寝癖が多い。
その髪の持ち主はうつ伏せに倒れていて、ともすれば何らかの事件を危惧したけれど、その言葉とお腹の音に脱力させられた。
「あの、大丈夫……?」
「……そこの方、食べ物を分けていただけますか……昨日は徹夜でゲーム……いや、寝不足で食事も忘れていたもので」
「それ、言い換える必要ないでしょ……ええと、購買、まだやってるかしら」
「奈緒、連れて来て」
私が声をかけると首だけ持ち上げて、アクアの瞳と視線が合う。目の下の隈がすごいけれど、そんな不健康さを霞ませるほどの美人だった。
それを見つめつつどうしようかと悩んでいたら、陽菜多は教室へ入れるように言ってくる。人見知りの彼女に無理をさせていないか……なんて思ったけれど、それは陽菜多に失礼だと思い直し、倒れている生徒に肩を貸した。
陽菜多はコミュニケーションが苦手であっても、困っている人を見捨てることはないのだから。一瞬でもそれを忘れた自分を恥じると同時に、幼なじみの優しさを誇りに思った。
「こんなこともあろうかと、『お試しで少し休憩できる巣穴風スペース』を用意しておいたよ! 発案はあたし、設計は陽菜多ちゃん、組立は睦美ちゃんの合作!」
「寝転べるサイズと目に優しい日陰をイメージしたよ」
「えへへ、実は私、小さな頃からティッシュ箱の再利用工作を続けてまして……」
「あのやけに大きなオブジェ、そんな目的で作ってたのね……」
気付いていたけれどツッコミはしていなかった、教室の片隅に置かれた大きめの段ボールの用途についてようやく教わった。どんな場合を想定していたのかしら……。
ともあれ、全員が手早く休憩スペースにクッションやお菓子を持ち寄ってくれたので、私はそこに寝かす。するとこの生徒は、寝転んだままお菓子を手に取った。
「……あっ、これは駄菓子ですか? 食べるのは初めてです……家族がなかなか買ってくれなくて。こんなにおいしいものだったんですね」
「んふふ、そうでしょ! ここはあたしたちの巣穴、食料備蓄に抜かりはないよ!」
「お菓子メインだから栄養バランスが気になるけど……こういうときは役立つものね」
棒タイプの駄菓子を手に取り、上品にかじったかと思うと、一瞬で目を輝かせた。
妙に所作がおしとやかで駄菓子未経験であると考えたら、もしかすると“お嬢様”ってやつなのだろうか?
「……ふう、生き返りました……皆さんも徹夜でのゲームは控えてくださいね。あと、夜間のエナドリもおすすめはしません……でも癖になるんですよねぇ」
「どんな状況なのかは聞かないけれど……あんたこそ気をつけなさいよ、まったく」
「気をつけます……にしても、お噂通り、優しい方ばかりなのですね。また今度、休みに来てもいいですか? 私の相方は厳しすぎるので、昼寝場所を探すのも大変なのです……」
「もちOK! でもでもぉ、そのまま入部してくれるともっと嬉しいな?」
人懐こい星の勧誘に対し、生徒は「いいですねぇ。相方が許してくれるなら……」とだけ返事をして、数分ほどごろごろしてから去っていった。
陽菜多は「また来そう」と野生の勘を告げていたけれど、このときは誰もが笑って流すだけだった。
*
陽菜多の勘は、よく当たるらしい。
「まったく、ちゃんと監査してくださいってお願いしたのに……みんな、先日はうちの“会長”が迷惑をかけた。本当にすまない」
「にゃあ……また会えて嬉しいです、生物進化研究会の皆さん……」
「……えっ? 生徒会長だったの……?」
後日、その生徒は再び部室へと訪れた。
……副会長に首根っこを捕まれるようにして、生徒会長の肩書きと共に。
普段は副会長しか前に出てこないため、私たちは揃いも揃って生徒会長だとは気付いていなかった。この学校の生徒会、緩すぎないかしら……。
「その様子だと、先日はちゃんと監査をしてなかったみたいだな。会長、大事なことはすぐに伝えるようにとあれほど」
「だって……あんなに素晴らしいおもてなしをしてくださったんです、ここは学校にとって必要な場所だと」
「責務と私情は分けてくださいよ……もう。仕方ない、私から伝えます。生物進化研究会、よく聞きなさい」
副会長は咳払いをして、神妙な表情になる。そして、一瞬だけその言葉を遅らせた。
いつもきっぱりと話すこの人としては珍しい様子で、それだけで私は胸騒ぎを覚えた。
「……現状のままでは、教室の継続使用は認められない。退去の準備をしてもらいたいのだが」
「………………え?」
私たち全員が、呆然とするしかなかった。
そんな中、生徒会長だけは「いくらなんでも急すぎます……」と、退去を求める側とは思えないマイペースぶりを見せていた。




