第10話:ゴースト・シップの招待状
『オンボロ・コメット号』は、まるで巨大な鯨に吸い込まれる小魚のように、幽霊船の暗いドックへと滑り込んだ。プシュー、と湿った音を立ててハッチが開く。外の空気は一応、呼吸可能。だが、数百年間も循環され続けた古い鉄と埃の匂いが、ルカの鼻を突いた。非常用ランタンの明かりで周囲を照らすと、そこは見渡す限りのジャンクの山だった。
「ひっどいな……。ネオ・ヨコスカのジャンク街の方が、まだマシだぞ」
『何をおっしゃるのですか、マスター! 私のポンコツレーダー……あ、間違えました。超高性能センサーが、この奥に生きたジェネレーターの反応を捉えています!』
ホログラムのアイリスが、暗闇の中でふわりと浮き上がり、奥の通路を指さす。薄暗い通路の壁には、掠れた文字で『居住区・セクター4』と書かれていた。
足を進めるたびに、床の鉄板がギィ、ギィと不気味に軋む。静寂が支配する船内。聞こえるのはルカの足音と、アイリスのホログラムが発する微かな電子音だけだ。
「……なぁ。お前、本当にこの船に聞き覚えはないのか? さっき言ってた『白い船』って、これのことじゃないのかよ」
『うーん……形は似ている気がするんですけど、私のデータバンクが「アクセス拒否」って言うんです。ケチですよね、自分の頭の中なのに』
アイリスはぷくーと頬を膨らませてみせる。相変わらずのポンコツぶりに少し安心しながらも、ルカは右手に握ったスパナの感触を確かめた。ジャンク屋の直感が、この静けさに警鐘を鳴らしている。その直感は、正しかった。
ガシャ、ガシャ、ガシャ。
通路の奥から、無機質な金属音が近づいてくる。ランタンの光が捉えたのは、赤錆にまみれた人型の影。かつてこの船を守っていたはずの、警備用自動防衛ロボットだ。しかし、その頭部のセンサーは狂気を感じさせる赤色に激しく明滅していた。
「チッ、やっぱり生きてやがったか……!」
『マ、マスター! ロボットの言語プロトコルが解析できました! 「不法侵入者、ハジク、排除、コロス」と言っています!』
「翻訳しなくていいから対策を教えろ!」
ロボットが右腕の古いレーザー銃を構える。銃口にエネルギーが充填される青い光が見えた。今のルカの武器は、ただのスパナ一本。まともにやり合えば一瞬で消し炭だ。
『マスター、右です! 壁のパネルの裏! 配線が剥き出しになっています!』
「そっちか!」
ルカは床を蹴り、スライディングでロボットの射線をくぐり抜けた。
ドォン! と背後の壁が爆発し、熱風が背中を焼く。体勢を崩しながらも、ルカは言われた通りの壁のパネルへと飛び込み、手にしたスパナを剥き出しの配線へと力任せに突き立てた。ジャンク屋の神技。どのコードを切ればシステムがショートするか、彼には感覚で分かっていた。
バチバチバチッ! と激しい火花が散り、通路の照明が一瞬だけ青白く輝く。
迫り来ていた防衛ロボットは、ガクガクと身体を震わせると、そのまま糸が切れた人形のように床へ倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……。危ねえ、死ぬかと思った……」
『さすがマスター! 素晴らしい手際です! ……って、あれ?』
アイリスのホログラムが、また小さく明滅する。ロボットのシステムをショートさせた瞬間、船内のローカルネットワークを通じて、アイリスの内部に何かが流れ込んだようだった。
『……「メインフレーム・コード:00-ALPHA」。認証、完了。セクター4の防衛システムを……スリープモードへ移行します……』
アイリスの声から、突然感情が消えた。そして、彼女が指をパチンと鳴らすと、通路の奥へと続く分厚い隔壁が、ゴゴゴと音を立てて自動で開き始めたのだ。
「おい……お前、いま何て言った?」
『え? 私、何か言いましたか? あ、見てくださいマスター! 扉が開きましたよ! 奥からすっごくいい匂いがします!』
いつもの笑顔に戻ったアイリスは、開いた扉の向こうへと嬉しそうに駆けていく。だが、ルカは動けなかった。誰も知らないはずの、数百年前のセキュリティコード。それを、このポンコツAIが「無意識」に扱ってみせたのだ。彼女の正体は、一体何なのか。
不穏な予感を胸に抱きながらも、ルカは彼女の後を追って、幽霊船のさらに深い最深部へと足を踏み入れるのだった。




