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「こんな素敵な旦那さんがいるなら、もっと早く言えばいいのに」


「まだ若いですよね?お幾つですか?」


戻った深雪達は、早速、再び質問攻めにあっていた。


男と思われていたのが女らしくなり、旦那まで連れてきたのだから無理はない。


公一も使えるだけの愛想をつかい、ニコニコと答えている。


「今年で27歳ですよ」


「じゃあ年上なんですね。いいなぁ、近藤さん。ちゃっかり勝ち組じゃない」


「あはは、そうかしら」


こんな風に、他人に公一を『旦那です』と紹介するのは初めてな為、妙に気恥ずかしい。


近くに居たクラスメイトや、連れの旦那や彼氏達は、当たり前の様に名刺交換をしている。


「近藤さんは、なんのお仕事を?」


「一応、貿易関係ですね。そちらは?」


「俺は、小売業ですよ。最近は景気が悪くてね。売上も伸び悩んでいるんです」


「いや、景気が悪いのはお互い様ですよ」


「そうそう。僕は、飲食ですけど、やっぱり色々とね。ブラック企業ですし」


やりとりを聞きながら、なんだか、居酒屋のサラリーマンみたいだなと思った。


公一はすっかり男達とビジネスの話を始めてしまい、一体何のために来たのかと思いつつも、女性同士で話を始める。


周りのメンバーは変わり、既婚者で固まっていた。


「旦那さん、なんの仕事しているの?」


名前も思い出せない元クラスメイトに問われ、一瞬言葉に詰まった。


「えーと確か、貿易とか輸入とか、そんな感じだったと思うわ」


「まさか、旦那さんの職業を把握してないの?」


驚愕しながら問われ、小さく頷く。


つい最近まで自分も働いていたのに、もともとあまり興味もなかったため、酷く曖昧だった。


「あんまり旦那の仕事に口出しはしない様にしてるの」


だからといって、把握していない理由には繋がらないのだが、どうやらクラスメイト達は納得してくれた様だった。


「ふーん。あ、でも近藤さんも会社員なんだっけ?」


そう問われ、ハッとした。


さっきはうっかり、詩織と柊光佑の関係を忘れていた為、ついつい嘘をついてしまった。


2人がいつどんな話をして、どんな流れで自分の話になったのかはわからないが、彼女は深雪がもう退職している事くらいは知っていてもおかしくはない。


だがもう後には退けない。


「そ、そうね。私のはなんか……暇潰しでやっている程度で」


「じゃあ、旦那さんの給料は高いんでしょう?うちの旦那なんてだめよ。一応、チェーン店の社員やってるんだけどね、安月給で。私もフルタイムで働いてるんだもの。家も旅行も2馬力じゃないとね」


すぐ隣に旦那がいるのに話し始めたのは、梶原由香里だ。


当時の記憶は曖昧だが、確か、学級委員をやっていた気がする。


「うちなんて、技術職よ。給料は高いけど、休みとか優遇がね。殆ど家にいないの。嫌になるわ」


「でも、正社員なら良いじゃない。私の所は契約よ?大卒で契約なんて、先が思いやられるわ」


彼女達は皆、旦那のすぐ横で、旦那のグチを言い合っている。


既婚者という立場上、深雪の居場所はここに間違いないのだろうが、特に不満を抱いた事がない為、なかなか話しについていけなかった。


そんな時、すかさず横に、和康が酒を持って腰を下ろした。


「お前さ、結婚してたんだな。なんでもっと早く言わないんだよ」


寂しそうな表情を浮かべていたが、どこか責める様な口調に、深雪は眉を寄せる。


「わざわざ言うタイミングもなかったから」


「まぁ、そうだけどさ。はぁ~既婚者かぁ」


和康は溜め息を吐き、手にしていた酒を煽る。


周囲にいた既婚者の女達は、呆れ顔で和康を見ている。


「ちょっと、飲み過ぎよ。ってかアンタ、よくこの中に入ってこれたわね?しかも旦那が横にいる人妻口説こうなんて、バカじゃないの?」


「本当。アンタはあっちに行ってなさいよ」


追いやられ、和康は眉間に皺を寄せる。


「うるせーな。俺は近藤と話に来てんだよ。なぁ、俺ら昔仲良かっただろ?サッカーや野球もだけどさ、連んで悪い事もやった仲じゃんか」


「そ、それはそうだけど」


確かに、興味本意のタバコやら、万引きやら、悪事はいつも和康と一緒にやっていた。


だが会うのは小学校ぶりな為、今更そんな話を持ち出されても困る。


和康は顔を寄せ、耳元で囁く。


「なぁ、今度飯行こうぜ。こう見えて俺、結構稼いでんだからさ」


「そ、そう……」


酔った勢いで再び口説かれ、困り果ててしまう。


和康は胸元から名刺入れを取り出すと、深雪の前に差し出した。


「これ、俺の名刺。電話番号とアドレス書いてるからさ。後で連絡してくれよ。な?」


「あの、でも──」


公一が隣に居るのに、こんな風にぐいぐい来られても困ってしまう。


きっぱり断る事もできるが、やはり周りの目も気になるし、せっかくの同窓会で、波風を立てたくもない。


リアクションに迷っていると、すかさず逆隣から公一が現れ、テーブルに置かれた和康の名刺を取り上げた。


「へぇ。新江製薬か。大手だな。なかなかエリートなんだね」


ギクリとする和康に、公一は穏やかに言う。


「営業部なら、君の上司は豊沼さんじゃないかな」


「え!?」


ギョッとした表情を浮かべ、固まった。どうやら、その通りらしい。


公一は自分の名刺を取り出すと、和康の前に置いて微笑む。


「俺はね、こういう者です。うちは、新江製薬の取引先でね。豊沼課長に接待を受けてきた所なんだよ」


「接待……?」


呟き、恐る恐る名刺を見る。そこに書かれている肩書きを見た瞬間、声を上げた。


「近藤貿易商事の、社長!?」


「そう、社長」


公一は笑みを絶やさずに言いながら、名刺入れをしまう。


「君もさ、男なら出世したいだろう?まだ若いんだから、人妻には手を出すもんじゃないよ。しかも、取引先相手のなんて以ての外だな」


そう言うと、公一は深雪の肩を軽く叩き、立ち上がる。


「実は、明日出張が入ったんだ。悪いけど、色々、準備をお願いしたいんだ」


「え?出張?わかったわ」


今まで、出張だなんて初めてだ。


時計を見ると、いつの間にか22時を少し過ぎた所だった。


「ごめんなさい。そろそろ帰らないと。また、同窓会があったら呼んで下さいね」


軽く頭を下げると、公一に続き、そそくさと会場を後にした。

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