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会議を終えた公一は、資料を握り締め、秘書室へと向かっていた。額には青筋が浮かんでいる。
手中にある資料は、勿論会議で使うものでなければならない。
しかし優が持ってきたのは、今回の会議とは全く関係のないものだった。
こんな初歩的なミスは新人の莉桜菜は勿論、深雪ですらしない。
お陰で会議でとんでもない恥をかく所だった。
幸い機転を利かせて事なきを得たが、これはベテランとしてあるまじきミスだ。
しかも相手は優だ。
彼女が柊に余計な事を話した為、奴が深雪の連絡先を知りたいなどと言い出した。もしかすると、すでに勝手に教えてしまっているかもしれない。
これはただの憶測だが、今朝の苛立ち、そして今の苛立ちの原因でもある。
大股で秘書室へと向かい、勢い良くドアを開ける。
「これは一体何だ!?」
「え!?」
突然怒鳴り付けられ、優はビクリと体を震わせる。
公一は彼女のデスクに資料を叩きつけた。
「中身を見てみろ。俺はこの後の会議の資料を持ってこいと言ったはずだ。何故これを渡した?俺に恥をかかせたかったのか!」
優は恐る恐る中身を見る。そして目を見開くと、勢い良く立ち上がって頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
しかし公一の怒りは収まらない。
「新人でもしないようなミスだぞ!?それを持って今すぐ社長室へ来い!」
優は真っ青な表情でついてきた。公一は椅子に座ると、小さく机を叩く。
「よく見ろ。これのどこが資料だ?何故中身を確認しなかった」
「……申し訳ありませんでした」
優は小さくなりながら、ただ頭を下げているだけだ。
恐らく、他に言葉が浮かばないのだろう。
だが部下を叱責するのも大事な役目だ。
「申し訳ございませんじゃない!大体、普段からあれだけ──」
声を荒らげかけた時、ふと昨日深雪に言われた言葉を思い出した。
「でも、怖くある必要はないのよ。あなたは本当は、優しい人なんだから」
「叱るのは構わないわ。だけど怒鳴るのはやめて……お願い」
昨日深雪に頼まれ、約束をした。
叱責はしても、無駄に怒鳴ることはしないと。
いくら妻の頼みとはいえ、会社に私情を持ち込むつもりはない。
だが、もし優が今日の事を悪意なく深雪に話してしまったら。
自分は深雪との約束を破ったことになる。
そして何より、この怒りに本当に私情はないのかと自問自答した。
優がしたのは初歩的だが大きなミスだ。だが大事には至らなかった。
柊が深雪に連絡を取ろうとしているのは彼の意思であり、優はきっかけに過ぎない。
何より柊も、もしかすると優も、自分と深雪の関係に気づいていないのかもしれない。
ならば怒る権利はない。
最近まで独身と偽っていたのは自分なのだから。
「……」
黙り込み自問自答をしていると、優は恐る恐る顔をあげた。だが目が合うと、慌てて視線を反らした。
もうミスについては注意をした。彼女も反省はしているはずだ。ならばこれ以上の圧は、自分のただの八つ当たりに過ぎない。
公一はぐっと怒りを飲み込むと、静かに言う。
「お前達は秘書だ。担当する上司が安心して任せられるよう、常に細心の注意をしなければならない。こんなミスはもう、2度とゆるされないぞ。わかったか」
「は、はい!申し訳ありませんでした!」
「ならばもういい。戻れ」
優は驚愕の表情で顔を上げると、恐る恐るドアへ向かう。
「待て。──陽子を呼べ」
「か、かしこまりました」
一礼し、逃げるように部屋を出ていく。そして入れ違いに、あからさまに怯えた表情を浮かべた瑞穂が入ってきた。
「失礼します。お呼びでしょうか……」
深い息を吐くと、気持ちを入れ換え、彼女には公一として語る。
「この前はありがとう。深雪はとても喜んでいたよ。その、プレゼントまで用意してくれたみたいで」
社長として叱責の為に呼ばれたのではないと気付き、瑞穂は安堵の表情を浮かべる。
「いえ……。私達も楽しかったです。ただ、旅行は突然過ぎたかなと。ご都合も考えず申し訳ありませんでした」
「いや、問題ないよ。修学旅行みたいで楽しかったっと言っていた。おかしな頼みを聞いてくれて感謝してる」
「そんな……」
瑞穂への筋はこれで通した。ついでに不本意だが、この事も確認しておきたかった。
「所で、柊を知ってるか?人事部の」
「はい。勿論です」
「柊は誰かと付き合っていたりするのか?その、彼女がいるという話を聞いた事は?」
「えっ」
瑞穂は小さく声を上げると、軽く眉を寄せて考える。
「あまり柊さんとはお話しする機会がないので……。あ、でも優──いえ、長女さんは、彼女はいないと言っていました」
「そうか」
やはり柊のことに関しては、優に聞くのが良さそうだ。だが先ほどの手前、そうするわけにもいかない。
「あの、柊さんが何か」
「──おかしな事を聞くが、アイツは深雪に気があるとか、そんな話を聞いた事はないか」
「柊さんが深雪ちゃんにですか?」
瑞穂は小さく笑い、うーんと唸る。
「話を聞いた事はありませんが……。でも、柊さんは確かに深雪ちゃんには優しくしていたかもしれません。好意があるかどうかはわかりませんが、なんかこう、可愛がっているというか」
「そうか」
やはり柊は深雪に好意を持っているのだ。
知らないとはいえ、社長の妻に。
「もう大丈夫だ。ありがとう。仕事に戻ってくれ」
「失礼します」
瑞穂が立ち去り、スマートフォンを取り出す。
恭平にキャンセルの連絡をすると、PCを起動し、社内メールで柊に連絡をした。
内容は、今朝の件で話があるから、今晩飲みに行かないかというものだ。
恭平からはドタキャンについて不満の返事が来たがそのまま無視をした。
どうせ土曜日に会う約束はしているのだ。文句はその時に聞いてやる。
柊はちょうどデスクにいたらしく、喜んでお付き合いしますと返事があった。
「覚悟しとけよ柊……」
どんな風にとっちめてやろうかと、そのことばかり考えていた。




