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「ここの5階」


恭平に連れてこられたのは、歌舞伎町のど真ん中にある雑居ビルだった。


建物自体は年期が入っておりかなり古そうだ。


客引きをしていた嬢達は、こちらに近づくと「恭平さーん」と愛想を振り撒く。


「今から4人、入れるか?」


「はーい。大丈夫ですよぉ。あーでも今日は団体さんが多いから、場内指名は難しいかもしれませんけど」


「コイツらは新規だからフリーでいいわ」


「わかりましたー。さぁどうぞ。ご案内します」


エレベーターに押し込まれ、5階のフロアに到着した。


「いらっしゃいませ!」


エレベーター前にはすでに嬢が待機しており、 笑顔で出迎えてくれた。


「えっ!?恭平さん?私の返済日はまだ先だと思いますけど……」


「集金じゃねェよ。客だ客。コイツらにはフリーで。凛音は?」


「凛音さんなら今、オーラスの太客が来てるから、難しいかもしれませんよ」


どうやら凛音というのは、恭平のお気に入りの嬢らしい。


恭平は店内の奥に視線をやると、小さく舌打ちをした。


「まァいいわ。抜きモノで呼んでやるからよ。今日はオレのダチ連れてきたんだ。若いのをつけろよな」


「わかりましたー。みなさんどおぞこちらへ」


席に案内され、恭平について行く。佐々達はキャバクラは始めてらしく、そわそわと落ち着かない様子だ。


奥のテーブルに着くと、おしぼりを持った嬢がやって来て、隣に座る。


「初めまして。姫乃です。名刺お渡しても良いですか?」


「あ、あぁ」


差し出された華やかな名刺には、姫乃という名前と電話番号が印字されていた。


どうやら公一を金のある男だと即座に見極めたらしい。


「何飲みますか?セットだとここのビールと日本酒、あとはウイスキーが選べますよ」


「ビールで」


「はーい。お願いしまーす」


やって来たボーイにオーダーを通すと、無遠慮に公一の服や持ち物を見る。


「スーツも時計もブランドもので凄いですね!もしかして、どこかの社長さんですか?」


「いや、普通のサラリーマンだ」


金を持っている事がバレると、後々厄介だ。


プライベートな話題は避けた方が良いだろう。


「お兄さんのお名前聞いても良いですか?」


「……マサカズ」


本名を知られるのも面倒になる様な気がし、違う読み方を伝える。


たまに名前を、特に兄の一晃や春樹を知る人間には『マサカズ』や『キミカズ』と間違えられる事がある。


恐らく三男だと認識している為、『イチ』がつく名前だと判断されないのだろう。


「マサカズさんは今お幾つなんですか?」


「28歳」


「へぇ。見えないですね。もっと若いと思ってました」


「君は?」


「あたしは21歳です」


この業界は年齢を偽るのは当然だ。しかもキャバクラなら、20歳に近ければ近い方が良い。


21歳と答えたということは、恐らく実年例は公一と同じか、少し上くらいだろう。


「マサカズさんは、恭平さんのお友だちなんですよね?キャバクラにはよく来るんですか?」


「今日が初めてなんだ」


「えー!そうなんですか?あまりこーゆーお店には来ないんですか?」


「嫁がいるからな。できる限り早く帰るようにしている」


「奥様とラブラブなんですね。羨ましいなぁ」


タバコを咥えると、姫乃は自然にマッチで火をつける。普通はライターなのに、マッチを使っているのは珍しいなと思った。


「随分、古風なものを使ってるんだな」


「はい。あたし、タバコは吸わないんですけど、マッチの匂いが好きなんですよ。つける時に手間取っちゃうのが難点なんですけど」


「でも普通は100円ライターとかだろ?良いんじゃないか。個性があって」


少なくとも年配者には好評だろう。何気なく言っただけだったが、姫乃は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。個性かぁ。そう言ってもらえて嬉しいです。実は最近、あまり成績が良くなくて。オーナーにはもっと個性を出せって叱られてばかりだから落ち込んじゃっていて」


「何番目なんだ?」


「恥ずかしいんですけど……。下から3番目で、ナンバーに入れた事もなくて。もっと頑張らなきゃって思ってるんです」


普通の男なら、ここで応援するよと売り上げに貢献するのだろう。


しかし公一は良くも悪くも慣れている。キャバクラは初めてだが、夜の店が初めてなわけではないからだ。


「頑張ってナンバーに入れると良いな」


そう答えると、姫乃は僅かに苦笑いを浮かべ「はい」と答えた。


「失礼しまーす!恭平さん、来てくれてありがとう!」


一際明るい声がし、そちらを見る。明るい髪を巻いた派手な女が、笑顔を振り撒いて席へとやって来た。


「やっと来たのか。遅ェよ凛音!」


いつの間にかテーブルには、シャンパンのボトルが置かれている。


そう言えば、先程恭平が言っていた。抜きもので凛音を呼んでやると。


どこの店でも、シャンパンなどのボトルを入れてもらうと、飲む間は席にやって来るシステムだ。


それを利用し、お気に入りの嬢を呼んだのだろう。


「うわー!めっちゃ可愛いじゃないですか。恭平先輩のお気にですか?」


「まァな。おい凛音。あとフルーツ盛りと出前頼んで良いぞ。みんなで食えよ」


「キャー!嬉しいっ。ありがとう恭平さんっ」


オーバーに喜ぶと、恭平と公一の間に腰を下ろす。


恭平は凛音の肩を抱くと、公一を見てニヤリと笑った。


「こいつがここのNo.2。今オレが育ててるんだよ」


「へぇ。そうなのか」


「恭平さんのお友だちですか?初めまして。凛音です。恭平さん、お友だちに名刺渡しても良い?」


「あぁ。別に良いぞ。だけどコイツらは金ないからな。リピは望めないぞ」


「やだぁもう。そんなんじゃないですって」


凛音は明るく笑うと、佐々・安藤・公一の順に名刺を差し出してきた。


しかし公一の番になった時、突然声を上げた。


「あれ?名刺が切れちゃった。確かバックの中に──あ、あった!よろしくお願いします」


受け取った名刺を見る。やはりそこには名前の下に電話番号とメッセージアプリのIDが記載されている。


「どうも」


受け取り、ポケットに入れる。ちらりと佐々達がもらった名刺を見たが、そこには連絡先の記載がなかった。


やはりキャバ嬢は皆目利きらしい。


会話しなくとも、着ているものや身に付けているものだけで、相手の財力を判断できるのだ。


「恭平さんがお友だちを連れてきてくれるなんて珍しいですね。皆さん、仕事仲間かなにかですか?」


「自分達は中学からの後輩っす」


佐々が答える。


「へー!中学からの付き合いなんですか?すごーい。お兄さんはどんなお仕事をされてるんですか?」


凛音が公一を値踏みしながら問う。


女にそんな目で見られるのは複雑だなと思いながら、同じく「サラリーマン」と答えた。


「だけど先輩はすごいんすよ。証券とか株価的な所で働いていて。めっちゃ金持ちなんですよね」


「えー!証券会社ですか?格好いいですねーっ」


いつの間にか凛音の意識は公一に注目している。恭平より金回りが良さそうだと悟ったのだろう。


「別に大したものじゃない。月の稼ぎなら、恭平の方が高いんじゃないか?」


ヤミ金の給料がどれ程かはわからないが、ロックオンされても困る。


恭平は少し不機嫌そうに「まァな」とぼやいた。


「そっかぁ。凛音の為に頑張ってくれてるのは恭平さんだもんね!恭平さんのお陰で、凛音は今月もナンバーに入れてるのよ。ありがとう!」


腕を絡められ、恭平の機嫌が直ったらしい。新たにシャンパンをオーダーし、2人で楽しそうに飲んでいる。


佐々達もそれぞれお気に入りの嬢を見つけたらしく、何やら楽し気に会話をしているようだ。


やはり自分はキャバクラはあまりあわないようだ。


早く帰りたいが、佐々や恭平の雰囲気から、なかなか言い出せそうにない。


そういえば深雪は今頃どうしているだろうか。


何か連絡は来ていないかとスマホを見る。


あいにく深雪からのメッセージは来ていなかったが、ちゃんと楽しめているか聞くだけなら良いだろうと画面を開く。


するといつの間にか姫乃が横から覗き込み、声を上げた。


「わー。これって奥様ですか?すごく美人ですね。名前も可愛い!深──」


「黙れ」


慌てて口を塞ぐ。


万が一恭平達に名前を聞かれたら厄介なことになる。


まさかスマホを覗き込まれるとは思っていなかったため、油断していた。



「客のスマホを覗くのはマナー違反じゃないか」


軽く睨むと、姫乃は目を伏せて「申し訳ありません」と呟いた。


これはチャンスかもしれない。


怒ったふりをして立ち上がると、 上着を羽織る。



「悪いけど俺はもう帰るよ」


「まだ来たばっかじゃねェか。ワンセット終わってないぞ」


恭平が驚愕の声を上げる。


「悪いな。明日も仕事が入っているんだ。ここは俺が出すよ」


財布から10万を抜き出し、恭平に握らせる。


「おい、こんな高くはつかねェよ」


「余ったらタクシー代にでもしてくれ。また連絡するよ」


「あの、お客様っ」


自分の失態で怒らせてしまったと思っているらしく、嬢は慌てて制止しようとする。


しかし公一はそれを無視し、店を出た。


「はぁ……。悪酔いしそうだ」


エレベーターに乗り込むと、深く息を吐く。


やはり自分には、キャバクラの大きな音楽や賑やかさは性にあわない。


昔はクラブによく行っていたが、今はもう耐えられないだろう。



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