15
「引く度胸があったのは誉めてやるよ。だけどな、隙ありすぎんだよ」
「は?」
深雪は香ヶ崎の顎を下から掴み、地面に叩きつけた。
ナイフが引かれる瞬間、腕からすり抜けたのだ。
「く、くそっ……!テメェっ……」
気絶はしなかったらしく、まだなお捕らえようと手を伸ばす。
「しぶとい奴。馬鹿がナイフ使ってんじゃねぇよ」
胸ぐらをつかんで頭突きを食らわせると、両足で奴の腹を蹴った。
「ぐあっ!!」
悲鳴を上げ、後ろに吹っ飛んで行った。
仰向けになった香ヶ崎はピクリとも動かない。
今度こそ気絶したらしい。
それを見届けると、深い溜め息を吐き、全身の力を抜いて、倒れ込んだ。
「深雪!!」
頭上から、悲鳴の様な声が響き、公一が駆け寄って来る。
息切れをしている深雪の体を抱き上げると、泣きそうな顔で覗き込んだ。
「大丈夫か!?深雪っ……」
「大丈夫よ。ちょっと、しぐしっちゃったけど」
公一の顔は、今にも泣き出しそうだ。
両手を上げ、頬に触れる。
「泣かないで。私は大丈夫だから。少しだけ、怪我をしただけよ」
傷を負いながらも、なんとか自分で倒すことができた。
あとはこのまま、公一の怒りを香ヶ崎に向けない様にしなければならない。
ズキズキと痛む足に耐え、精一杯の笑みを浮かべ、優しく囁く。
「ねぇ、早く帰りましょう。疲れちゃったわ」
「あぁ……。そうだね」
深雪の努力により、公一の怒りが和らいでいる。
このまま香ヶ崎が余計な事を言わなければ、事なきを得られる。
そう思い、安心していたのだが。
「うぅ………。畜生っ」
奴はしぶといらしく、目を覚ましてしまったのだ。
蹴られた腹を抑えながら身を起こすと、2人を睨みつける。
とたんに公一は怒りを取り戻し、拳を握って立ち上がった。
「テメェ、生きてやがったのか!」
「ちょ、ちょっと!」
せっかく丸く収まったと思っていたのに。
これではまた、海外逃亡の危機だ。
しかし香ヶ崎は、自分がおかれた状況に全く気付いていないのか、ふらふらとこちらに近付いて来た。
「来るんじゃねぇ!殺されてぇのか!?」
臨戦態勢をとり、公一は怒鳴る。
この調子では、もう一戦おきてしまいそうだ。
そう思ったが、深雪にはもう、体力も気力も残っておらず、止めに入る事ができなかった。
「──お前、近藤だったのか。気付かなかった」
眉を寄せ、香ヶ崎はポツリと呟いた。
その表情には、先ほどの様な殺意はない。
彼もまた、気力も体力も使い果たしてしまった様だ。
その様子に、公一も拳を下げ、溜め息を吐いた。
「……あぁ、そうだよ。お前は近藤に喧嘩を売ったんだぜ。この、身の程知らずが」
「だって、気付くわけないだろう」
どうやら、本当に再戦の心配は無さそうだ。
香ヶ崎は初めから、自分が『近藤』に勝てるとは思っていなかったのだろう。
だからこそ昔も、小さな嫌がらせしか仕掛けてこなかったのだ。
そっちの怪我は内々で処理してもらおう。
そうすれば、無事に済む。
そう思ったのだが。
「俺と結婚しよう!」
突然香ヶ崎がこちらに駆け寄り、深雪に抱き付いてきた。
あまりに突然の事で、公一も、何がなんだかわからないらしく、その場に立ち尽くしている。
「はぁ!?な、何言ってんのよ!」
最後の力を振り絞って暴れるが、香ヶ崎は全く引かない。
「お前が好きだ!公一なんかとは別れて、俺と結婚しようぜ!」
「なっ……おい!?」
それにはさすがの公一も声をあげ、深雪から香ヶ崎を引き剥がす。
「テメェは俺が好きなんじゃなかったのかよ!?」
ついさっきまでは、公一を手に入れる為に、深雪を殺そうとしていたのに。
しかし香ヶ崎は、軽く鼻で笑った。
「なんで俺が、男なんか好きになんだよ。気持ち悪ぃな。俺、わかったよ。公一なんかより断然、お前の方が強いんだって!おい、公一。近藤と別れろ!」
「はぁ!?」
どうやら香ヶ崎は、性別関係なく強い人間が好きらしい。
そして今現在、彼の中でのナンバーワンは、深雪になったようだ。
「なんで私が、お前なんかと結婚するんだよ!」
「公一なんか捨てて、俺と結婚しようぜ!」
「………はぁ」
あまりのしつこさに心底呆れ、言葉が出ない。
げんなりしていると、目の前にある香ヶ崎の顔に、公一の堅いパンチが決まった。
再び深雪から引き離され、吹っ飛んで行く。
「テメェみたいな奴に、深雪をやるわけねぇだろ!ほら、行くぞ」
そう言うと、有無をも言わさず深雪を抱き上げ、逃げる様にその場を去った。




