10
翌朝、カーテンの隙間から差し込む日差しに眉を寄せ、深雪は軽く寝返りをうつ。
「眩しい………」
どうやら朝らしいが、妙に瞼が重い。
そのため、まだ早朝だろうと判断し、隣で寝ているであろう公一に手を伸ばす。しかし、その手は虚しくシーツの上を滑るだけだ。
「あら?公一?」
温もりのなくなったシーツに触れ、ハッと目を覚ます。
反射的に起きあがると、そこに公一の姿はなかった。
「もう仕事行っちゃったの?」
いつもは深雪が起こすか、目覚ましが鳴らないと起きないはずなのに。
不思議に思い、枕元の目覚まし時計に目をやる。
「もうこんな時間!?」
時計は午前11時を指していた。
これでは公一がいないのも当たり前の事だ。
「寝過ごしちゃったんだわ」
ベッドから降りようとした瞬間、僅かに頭が痛んだ。
その時初めて、昨夜酒を飲んだ事を思い出した。
「あの程度で二日酔いだなんて」
鈍い痛みを伴う頭を押さえながら、リビングに向かう。
しっかりとカーテンは開け放たれ、キッチンには軽食をとった形跡があった。
ぽつんと置かれた皿とコーヒーカップをぼんやりと眺め、何気に窓に視線をやる。
外は雲一つ無い快晴だ。
「そういえば………昨日の音はなんだったんだろう」
バルコニーに近付き、窓を開けようと手をかけた瞬間、目の前に広がっている光景に唖然とした。
「やってくれたわね」
バルコニーいっぱいに、黒く小さなゴミ袋が散乱していた。
今朝カーテンを開けた公一が気づかなかったのは、運が良かった。
窓を開け、近くにあった黒いビニール袋を拾い上げる。
「うわっ!?」
中身を見た瞬間、思わず鳥肌が立った。
中には小動物の無惨な死骸が詰め込まれていたのだ。
「香ヶ崎………!」
小さく舌打ちをする。
奴は別れた後すぐにマンションにやってきて、この投下を繰り返していたらしい。
昨夜聞いた何かが滴る音は、これだったのだ。
「動物にまでこんなこと……。信じられない」
忌々しそうに呟くと、キッチンから大きなゴミ袋を引っ張り出し、ビニール袋を次々と放り込んでいく。
「ここまで頭がおかしいなんて。絶対に許さないわよ!」
なんとか片付け終えた深雪は、眉を寄せながら室内を行ったり来たりを繰り返していた。
香ヶ崎とは一度、サシで話し合わなければならない。
今はまだ隠れた嫌がらせで済んでいるが、いつ直接的な行動をとるかわからない。
その前に、阻止しなければ。
「アイツの連絡先、公一なら知ってるわよね。でも、なんて言って聞けばいいか──」
連絡を取りたいと言っても、素直に教えてはくれないだろう。
新道ならば教えてくれるだろうが、残念な事に新道の連絡先自体知らない。
いっそ公一が風呂に入っている時にでも、スマホを盗み見しようか。
その時突然、自宅の電話が鳴った。
「………………」
無意識に電話を睨む。
日中に電話が鳴るのは、特段珍しい事ではない。
セールスやデパートの外商、たまに取引先の人からの電話もある。
だが今日は、なんだか妙な胸騒ぎを感じた。
呼び出し音が数回鳴った所で我に返り、慌てて受話器を持ち上げる。
「はい、もしもし」
『もしもし。近藤さんのお宅でしょうか?』
受話器の向こうから聞こえたのは、見知らぬ男の声だった。
声や話し方的に、香ヶ崎ではない。
「はい、そうですが」
続いて発せられた言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
『私、市立病院外科の医師、及川と申します。実は先ほど、近藤公一さんが事故で運び込まれまして───』
「え!?」
受話器を落としそうになった。
相手は構わず続ける。
『車の衝突事故で、現在意識不明の重体となっております。すぐに来ていただけないでしょうか』
「公一が事故!?」
血の気が引き、体が震える。
その場に立っておられず、思わずしゃがみ込んでしまった。
『はい。すぐにお越し下さい。お願いいたします』
そう早口に言い、電話は切れた。が、深雪は動けなかった。
「公一が事故……?嘘でしょう」
しばらく状況が理解できず、呆然とする。が、何かに急かされた様に立ち上がると、急いで部屋から飛び出した。




