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覚束ない足取りでなんとか店を出ると、掴まれている腕を引き返す。
「ねぇ、待ってってば。何もそんなに急がなくてもいいじゃない」
酔っている状態なのに、そんなに早く歩けるわけがない。
高いヒールを履いてきた為、途中で何度か転びかけてしまった。
公一は振り向くと、店の入り口を一睨みし、深い溜め息を吐いた。
「あぁ、さすがに追っては来てないみたいだな」
「なに?どうかしたの?」
どうやら切り上げた理由は他にありそうだ。
車を停めたという駐車場へ向かう。
「さっきのあれ、どうしたの?まるで逃げるみたいじゃない」
公一は奴の二面性には気付いていないはずだ。
もしかしたら、自分が寝ている僅かな時間に、なにかあったのだろうか。
しかし公一は、相変わらず渋顔のまま、口を開こうとしない。
「ねぇ、ちょっと」
「やっぱり、駄目なんだよ」
駐車場の看板が見えた所で、やっと公一は口を開いた。
「駄目って、何が?」
「アイツ。香ヶ崎だよ」
「香ヶ崎の事、嫌だったの?」
意外な言葉に目を丸くする。
深雪の記憶が正しければ、2人はそれなりに仲が良かったはずだ。
公一は目を伏せ、また、溜め息を吐いた。
「深雪は、知らないかもしれないんだけどさ。──いや、知らないであって欲しいよ」
「何が?気になるじゃない」
意味深な物言いに、眉を寄せる。
自分の知らない所で、一体何があったのだろうか。
公一は隠しきれないと観念したのか、何度目かの溜め息混じりに呟いた。
「昔──って言ってもまぁ、10年も前の話なんだけど」
話を切り出したものの、なかなか先に進まない。
黙って先を待ったが、数分後、我慢できずに口を開いた。
「ちょっと、途中でやめないでよ。10年前がどうかしたの?気になるわ」
10年前と言えば、ちょうど深雪と公一が出会った頃だ。
時期が外れていれば、きっと知らない出来事だろう。
「絶対に引かないって約束できる?」
「できるわよ。だから、何か教えて頂戴」
どんな出来事でも、不完全燃焼よりはマシだ。
じっと公一を見つめる。
そして遂に観念したらしく、やっと口を開いた。
「一度だけ、アイツに……なんだろ。告白っていう感じの事をされたんだよ。それ、思い出したからさ」
「嘘でしょう?」
香ヶ崎が公一に好意を抱いているのは知っている。
彼がトイレに立った時、嫌という程痛感させられた。
だが公一に想いを告げていたのは予想外だ。
「ずっと前に、ちょっとした内輪モメがあったんだ。まぁ、大した事じゃないんだけどさ……。それは俺が理由らしくて。追及したら、マジで告白してきたんだよ」
言葉を失った。
失望や呆れではない。
ただ単純に、どうリアクションすればいいのかわからなかった。
旦那に突然、その経験があると語られたのだ。
上手い返しができないのも無理はない。
「それで、あなたはどうしたの?」
なんとか言葉をひねり出す。
問わずとも、現状を見る限り明らかなのだが、とりあえずそれが無難な言葉だと思った。
「どうもするわけないだろう?断ったよ」
当たり前の事を聞くな、と言わんばかりに、吐き捨てる様に呟いた。
「それは、そうだけれど。なんていうか……」
予想外過ぎるため、どうしても言葉が浮かばない。
公一はロックを開け、運転席に乗り込む。
深雪も黙って助手席のドアを開けた。
「今日、深雪に来てもらって助かったよ」
エンジンをかけ、アクセルを踏みながらぼやく。
その横顔は、酷く疲れている様に見えた。
「お役にたてたのなら良かったわ」
とは言ったものの、本当はむしろ逆効果だったのだが。
今回の事で、香ヶ崎に再び火がついたのだ。
一度は諦めて鎮火したものが、再発火したように思えてならない。
「俺も結婚してるし、まぁ……あれは結構昔の話だからさ。このまま、ただの友達っていうか、昔馴染みの仲間に戻るよな」
「そう、ね」
考え直したらしく、穏やかな笑みを浮かべる横顔を見ると、言い出せなかった。
香ヶ崎はまだ諦めていない。
そして奴は、そこいらの女より執着質で、諦めを知らない。
しかしそれを伝えてしまうと、公一は酷くショックを受けてしまうだろう。
取り敢えずは、あれが誰の仕業かわかっただけ良かった。
しかも相手はあの香ヶ崎だ。
今の深雪でも、あの男の撃退は朝飯前だ。
ウィンドウを開け、風を浴びながら明るい街並みを見つめる。
久しぶりにスリルのある生活が訪れるかもしれない。
そう思うと、無意識に笑みがこぼれた。




