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「──そういえば公一は、何の仕事してるんだ?」
「え?あ、あぁ。商社だ。まぁ大した仕事じゃない」
2人の距離に気付き、香ヶ崎は軽く眉を寄せた。
それを見て僅かに笑みを浮かべ、公一の腕に腕を絡める。
「はは……。随分、夫婦仲が良いんだな」
香ヶ崎は運ばれてきた料理に口をつけながら、引き吊った笑みを浮かべる。
「そりゃもうラブラブだよ。ってやっぱり酔っぱらってるな。顔が熱い」
公一はその皮肉言葉を冷やかしと捉えたらしい。
寄りかかる深雪の頬に触れる。
「やだ、だめよ。こんな所で」
わざと甘ったるい声を出し、軽く体を押す。
目の前でイチャつきを見せつけられ、香ヶ崎が今にもぶちギレそうになっているのがわかった。
「うらやましいよ、本当に」
人目も憚らない2人に向かい、香ヶ崎はとってつけた様な作り笑いを浮かべて呟く。
その顔は、誰が見てもわかる程に引きつり、強張っている。
深雪は敢えて気づいていない素振りをし、腕を組ながら微笑んだ。
「仲が良いのだけが自慢なの。香ヶ崎さんも、早く結婚すれば良いのに」
勿論これは嫌味であり、皮肉だ。
公一は気付いていないらしく、なんの悪気もない笑顔で大きく頷いた。
「そうだぞ。お前ももうイイ年なんだからな。彼女とかいないのか?」
「そんなモン、いないって。女なんか興味ないし」
どうやら、本気の様だ。
香ヶ崎から放たれる怒りや悲しみのオーラは、まさしく失恋した者のそれだ。
正直、全く良心が咎めないと言えば嘘になる。
だが、昔の悪友に旦那を差し出す程、深雪もお人好しではない。
残念だが、公一は自分のものなのだ。
何年も前からずっと。
グラスに残ったビールを飲み干し、目を閉じる。
ふわりと体が浮かんだ気がした。
「おい、大丈夫か?」
「え?なに、が?」
顔が熱く、まるで発熱している様な気分だった。
「随分飲んだからな」
香ヶ崎が、わずかに笑みを浮かべる。
その様子は、つい数秒前とは違い、どこか喜々としている様に見えた。
「なんだか、眠たいわ」
久々なのに、やはりペースが早すぎただろうか。
これ以上意識を保っているのがつらい。
「だから言っただろ?ほら、少し横になった方がいいよ」
肩を抱かれ、誘導されるまま公一の膝に体を倒す。
その時初めて深雪は、相当酔っているのだと気付いた。
「深雪。起きて」
肩を掴んで体を揺らされ、うっすらと目を開ける。
差し込む強い光で目が痛み、思わず手をかざした。
「そろそろ帰ろう。ほら、車まで歩けるか?」
「え、えぇ」
いつの間にか眠っていたらしい。
先ほどよりは些かマシになった頭を抑え、起き上がる。
長く重たい髪がからまり、思わずハサミで切ってしまいたい衝動にかられる。
「……香ヶ崎は?」
やっと目が光に慣れた時、目の前の席に香ヶ崎の姿がないのに気付いた。
「アイツは今トイレ。もう遅いし、そろそろ帰ろうか。お茶飲む?」
「ええ」
公一の飲みかけの烏龍茶に口をつける。
なんだか無性に冷たいものを飲みたくてたまらなかった。
「どうしたんだよ、あんなに飲んで。明日は二日酔いになるかもしれない」
公一はかけてある上着に手を伸ばす。
「おい、どうしたんだよ?もう帰るのか?」
戻って来てた香ヶ崎は、帰る支度をしている公一を見て目を丸くした。
「あぁ、悪いけどもう帰るよ。深雪が半分酔いつぶれてるんだ」
「…………」
コートを肩にかけられ、ふと顔を上げる。
その瞬間、凄まじい顔をした香ヶ崎と目があった。
恋する人間の嫉妬と怒りの眼差しだ。
恐らく香ヶ崎は、深雪のせいで予想外に早い切り上げになった事に怒りを抱いているのだろう。
だが気にしてはいられない。
「ごめんなさい、香ヶ崎さん。またいつか」
そう言い、笑うのが精一杯だ。
「悪いな。今度埋め合わせするよ」
時計を見ると、まだ22時を少し回ったばかりだった。
さすがに公一も悪いと思ったのか、財布から何枚かの万札を出し、テーブルに置く。
「今日はお詫びに俺が出すよ。お前は好きなだけ飲んでていいからさ。ほら、行くよ」
そう言うと、香ヶ崎の返事も待たずに腕を引いて歩き出す。
「え、あ……ちょっと待って」
まるで逃げるかのような速さに、深雪も慌てて後を追う。




