6
「悪い。お待たせ。何話してたんだ?」
その時ちょうど公一が戻って来た。
「ただの世間話だよ。深雪さん、ここのビールが気に入ったみたいでさ。どこのメーカーのものとか」
「え、えぇ」
香ヶ崎は目配せし、深雪は約束通り小さく頷いた。
「随分長かったな。会社のか?」
「まぁな。やり甲斐はあるけど、中々大変だよ。バカな奴もたくさんいるしさ。そういや知ってるか?新道いるだろ。アイツも働いてるんだ」
「新道?──へぇ、アイツが」
ビールを飲みながら、香ヶ崎の表情を伺う。
公一と話す時の奴はとても嬉しそうだ。
目が笑っている。
しかし新道の名が出た時、一瞬だけ真顔になったのを見逃さなかった。
「そうか。新道が会社にいるんだ。知らなかった。じゃあ俺もお前の会社に転職しようかな」
「あはは。やめろよ。そんな感じでどんどん集まってきたら、大変な事になるだろ」
奴は多分、本気でそう言った。
しかし公一はそれを軽く流してしまった。
香ヶ崎の顔にあからさまにショックの色が現れる。
「だけど、こうして昔の仲間に会えて良かったよ。同窓会ってのもいいモンだよな」
「そ、そうだよな!俺も公一にずっと会いたかったんだ」
深雪は眉を寄せる。
初めはてっきり、憧れていた友人をどこの馬の骨ともわからない女に取られたという、歪んだ友情だと思っていた。
現に昔も、公一と仲良くなる前は、香ヶ崎には見向きもされなかったのだ。
最初のターゲットは確か、公一の親友を気取っていた笹川だったはずだ。
公一がいない時に、2人がモメている所を何度も目撃していた。
深雪がそのポジションになり、矛先が変わった。
コイツはもしかしたら公一の事を好きなんじゃないかと思う事もあったが、男が男を好きになるなんてあり得ないし、勘違いだろうと考えていたのだ。
だが香ヶ崎の言動から、勘違いではなかったのではないかと思い始める。
深雪はもう一度香ヶ崎に視線を向けた。
公一を見つめる目は、恋する人間のそれだ。
香ヶ崎が公一をだなんて。
考えただけで気持ちが悪い。
しかしそれと同時に、名案が浮かんだ。
奴が公一に恋心を抱いているのなら、喧嘩を売るのは簡単だ。
バルコニーの嫌がらせも、この男の仕業に間違いないだろう。
奴はまた、無意味な勝負を仕掛けてきているのだ。
勝敗は初めから決まっているのに。
温くなったビールを飲み干すと、それに気付いた公一が、メニューを差し出してきた。
「何か飲む?」
「えぇ。じゃあ同じのをお願い」
「そのビールお気に入りですね」
香ヶ崎が爽やかに笑う。
深雪もそれに合わせ、頷いた。
「えぇ。普段はあまり飲まないんですけど、これは凄く美味しい」
新しいグラスを受け取ったとたん、目の前で一気に飲み干す。
頭を下げて去ろうとしていた店員は、ぽかんとしながら立ち尽くしている。
目の前で見ていた2人も同じく呆然としていた。
深雪はにっこり笑いながら首を傾げる。
「おかわり頂けるかしら」
「は、はい」
今持ってきたばかりのグラスが、一瞬で空になってしまった。
店員は戸惑いを隠せず、そのまま厨房に戻って行った。
「大丈夫か?ペース早いと、酔い潰れるよ」
「まだ大丈夫よ。でも、確かに少し酔っちゃったかも……」
自然な仕草で公一との距離を詰め、右半身に体を預ける。
昔は男として接していたし、公一にそんな感情は抱いていなかった。
だが今は違う。
公一の妻、そして女であることをフルに使い、嫉妬させて嫉妬させて嫉妬させまくってやる。
そして香ヶ崎にも思い知らせてやる。
近藤深雪には、絶対に敵わないのだと。




