37 雌犬捕獲作戦・失敗編
「それでマリちゃん。
具体的には、どうやってシエルちゃんの雌犬っぷりを証明するのかしら?」
「そんなの簡単。
あたしとお母さんが留守にするって言えば、あの雌犬は必ずユウを襲う。
だからあたしたちは、ユウの部屋に隠れて、夜這いの現場を押さえればいい」
「なるほど、簡単ね!」
「ユウもお姉ちゃんたちに協力しなさい」
「わ、わかった。
でもきっとシエルは無実だと思うんだ。
だから俺は、彼女の疑いを晴らすために協力する」
「ん。
それでいい」
3人で頷きあう。
作戦はさっそく今晩、決行される運びとなった。
◇
夕食後。
シエルがお茶を淹れて、俺のもとまで持って来てくれた。
彼女にはすでに、ライラさんたちが今晩不在にするという嘘の情報を流してある。
「ユウお兄ちゃん。
お茶が入ったよ。
……はい、どうぞ」
「あ、ああ。
ありがとう」
「それにしても、ライラさんもマリエラさんも多忙なんだね。
昨日の今日で、今晩もまた帰ってこないって。
一体なにをしてるんだろうね。
お兄ちゃんはなにか聞いてる?」
「い、いや……。
特には聞いて、ない、かな?
あは。
あははは……」
笑って誤魔化す。
じつはもう、ライラさんもマリエラも、俺の部屋に隠れて待機しているのだ。
「ま、いっかぁ。
あのひとたちがいないのなら、こうしてわたしがお兄ちゃんのこと、独り占めできるんだもんね。
だからほんと言うと、ちょっと嬉しいんだぁ。
よいしょ、っと。
……えいっ」
俺の隣に腰を下ろしたシエルが、腕を絡めてきた。
――。
――。
「お、おいシエル⁉︎
な、なにしてんだよ。
――?」
「ふふ。
――。
――?
うりうり。
どう?
この2年の間に、――?」
「こ、こらシエル……!
はしたないぞ」
「あはは。
冗談だよ。
さ、お兄ちゃん。
冷めないうちに、お茶をどうぞ」
「あ、ああ……」
お茶のカップを手にする。
ごくりと喉がなった。
もしかするとこのお茶には、睡眠薬なりの薬が入っているのかもしれない。
そう思うと自然と飲むのを躊躇ってしまう。
……いや、そんなはずがない。
俺はシエルを、今よりずっと小さい頃から知っている。
こいつはまだまだ無垢な子どもだ。
エッチな悪戯なんて仕掛けてくるわけがない。
「どうしたの?
冷めちゃうよ」
「……なんでもない。
それじゃあいただくよ。
んく、んく、んく……、ぷはぁ!」
覚悟を決めて、ひと息に飲み干した。
空になったカップを、テーブルにタンっと叩きつけるようにしておく。
一拍の後、頭がくらっとしてきた。
「おっと……。
あ、あれ?
身体が重たくなってきた……」
「お兄ちゃん、大丈夫?
きっとまだ、疲れてるんだよ。
だから今日も早めに寝たほうがいいよ。
明日になったら、また元気になっているから。
……ね?」
シエルがふらふらになった俺を眺めながら、舌舐めずりをする。
彼女は赤い舌先で、ゆっくりと唇を舐めた。
濡れた下唇が、妖しく光っている。
「さ、はやく寝ちゃお?
わたし、ベッドまで肩を貸してあげるね」
お茶を飲んだら、いきなり眠くなった。
状況的には、たしかに怪しい。
これは本当に、マリエラが推理した通りなんだろうか。
だがもう眠たくて、何も考えられない。
俺はシエルに身体を支えられながら、自室へ向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
隠れたマリエラが室内を見回す。
自室に運ばれてきたユウクスは、ベッドに身を横たえてすぅすぅと寝息を立てている。
シエルは彼を寝かしつけたあと、いったん退室していった。
ここまでは計画通り。
しばらく待っていれば、あの雌犬はのこのこと夜這いをかけに戻ってくるだろう。
そこをふん縛ればお終いだ。
クローゼットに身を潜めたマリエラは、そう考えながら、わずかな隙間から室内を窺った。
今のところ特に異常はない。
ベッドの下に隠れているライラも、息を殺してじっとしている。
(ユウ……。
かわいい……)
マリエラの目に無防備を晒したユウクスが映った。
愛しい弟が呼吸をするたびに、胸板がゆっくりと上下している。
(ごくり……)
マリエラは無意識のうちに喉を鳴らした。
襲いたい。
あの上着の前をはだけさせて、敏感な場所に思い切り吸い付きたい。
そんな桃色の欲望が、彼女の内側を占め始める。
(……だめ。
いまはまだ、我慢する)
マリエラは、二度三度と頭を振って、湧き上がる欲望を振り払った。
ここが堪えどきだ。
シエルを捕らえるまでの辛抱なのである。
あの雌犬さえ捕まえてしまえば、あとは思う存分ユウクスを味わえる。
マリエラは奥歯をぎゅっ噛み締めて、欲求に耐えた。
◇
いくらかの時間が過ぎた。
おそらく、もう間もなくシエルが戻ってくる頃合いだろう。
だがここにきて、室内に異変が生じた。
(……なっ⁉︎)
ベッドの下から、ゆっくりと、ゆっくりと、ライラが這い出してきたのだ。
緩慢なその動作は、さながら夢遊病患者のようである。
(お、お母さん⁉︎
なにをしている?
ちゃんと隠れてないとだめなのに……!)
完全にベッドから姿を露わにした彼女は、荒い息を吐きながらユウクスへと覆い被さってく。
「はぁ……、はぁ……。
ユウくぅん。
お、お母さんもう、我慢できなぁい」
ライラの表情は、完全に色欲に溺れていた。
(ちっ……。
お母さんめ!
目が逝ってしまっている。
あれはもうダメだ)
このまま放っておけばユウクスが、ライラに食べられてしまう。
もはや隠れ潜んでいる場合ではない。
――
「ぐぬぬ……。
なにをしている、お母さん!」
マリエラがクローゼットから躍り出た。
まったく話を聞かないライラを、ユウクスから引き剥がそうとして、ふたりに駆け寄る。
「さっさとユウから離れる!
ベッドの下に戻れ」
そのときマリエラの視界に、さらけ出されたユウクスの胸板が映った。
――
「こら、マリちゃん!
だめでしょう。
ユウくんから離れなさい!」
「む!
それはあたしのセリフ。
お母さんこそ、ユウから離れる」
母と娘はユウクスを奪い合って、互いを押し退けあう。
「あぁら、マリちゃん。
どうしてお母さんが離れないといけないのかしら?
ユウくんは私のものよ?
――……」
「んっ。
んはぁっ……。
おかぁ……さぁん……」
「ほら!
ユウも苦しがってる。
いいから離れる。
こいつめ!」
マリエラが、ライラの頭に肘を落とした。
「あ、あいたぁ⁉︎
マリちゃん、あなた!
いまお母さんを叩いたわね。
なんて酷い真似をするの!
私はマリちゃんを、お母さんに手をあげるような娘に育てた覚えはありませんよ!
あいたたたぁ……」
「……ふん、うるさい乳女!
自業自得。
この隙に。
――!」
「んんっ!
んはぁぁ……。
おねぇ……ちゃぁん……」
「まぁ⁉︎
弟相手になんて破廉恥な真似を!
離れなさいマリちゃん!
ユウくんが苦しそうでしょ」
ライラが、マリエラの猫耳を引っ張り上げる。
「あた!
あたたた……。
お母さんこそ、息子相手に盛るな!
この変態」
「マリちゃんってば、言っていいことと悪いことがありますよ!
第一、母が息子を可愛がるなんて当たり前のことです。
マリちゃんこそ、お姉ちゃんなんだから弁えなさい!」
「うるさい。
姉が弟を好きにして、なにが悪い!」
もはや、しっちゃかめっちゃかである。
ふたりはユウクスを奪い合って、醜く争い、取っ組み合いを始めた。
ちょうどそのとき――
カタン。
ドアの向こうから、小さな物音がした。
部屋を覗いていた誰かが、慌てて逃げだす気配がする。
「あ!
いまのはシエル。
お母さん、尻尾離して。
追って取っ捕まえなきゃ」
マリエラがユウクスから身を離した。
「チャンス!
いってらっしゃいマリちゃん。
ユウくんのことは、お母さんに任せなさい。
ゴー!
さぁ、はやく行くのよ!
――……」
「く……!
なんて卑怯な……。
あたしがシエルを追いかけた隙に、ユウを食べるつもりだな。
そうはさせない。
ユウはあたしのもの!
――……」
足音がどんどん遠ざかっていく。
だが互いを牽制しあうライラとマリエラは、シエルを追うことが出来ない。
こうして第1回、シエル捕獲作戦は失敗に終わったのであった。




