一線を越える勇気
「言ったよねぇ」
「言いました…ね」
私が寝ている寝台の傍に用意された椅子に座りながら、二人は口を開いた。
セオ王子とウラディミールさんである。
「ちなみに私達だけではなく騎士達も聞いておりましたね」
私に傷を癒す魔法を掛けながらウラディミールさんが更に付け足す。
「記憶にないんです」
しょぼくれながら呟くと、セオ王子に頭を撫でられた。
「大丈夫だよ。多分勇者の記憶と混同されただけだから」
セオ王子が言うには、あれは初代勇者の魂の記憶だったのではないか――と言う事だった。
何でもアルの手の甲に口付けをしたのと、最後に発した言葉が初代勇者と恋仲にあったであろう聖女アメジストに向けた言葉だった事から推測したらしい。
成る程…アメジストとアルバート何となく似ていない事もない。
「全然似てないから」
口に出していたのだろうか、すかさず容赦のないツッコミが入る。セオ王子にまさかツッコミの素質があったとは。
「まぁ、あれを無かった事にする事も出来るけど」
「好きなんです」
セオ王子の発言に即座に返す。
「あの時の事は覚えていないし、初代勇者の記憶と混同していたのかもしれないけれど――アルが好きなんです」
目から涙が溢れてくる。
気付きたくなんてなかった。
だって私は元の世界に帰りたい。家族に会いたいし、大学で学びたい事も沢山ある。
それに、こちらの世界には唯のミナとしての私の居場所はあるの?
勇者でなくなった私に価値はあるの?
今はアルが私を好いていてくれても、それが死ぬまで続く保障なんてない。いつか、私よりも好きになる人が現れたら、捨てられたら、私はこの世界でどう生きていけばいいの?
怖いのだ。
血が紫色だからとか、違う世界の人間だから生態が分からない不安だとか沢山あるけれど、何よりも怖いのはアルが私から離れて行った後なのかもしれない。
「ミナ…思ってる事全部言っていいよ?今はアルバートも居ないから」
「怖い…んです」
何度も頭を撫でられて、私は本音を漏らした。私の血を飲む事が好きなただの変態だとばかり思っていたけれど、今のセオ王子は物語に出てくる王子様みたいに優しくて、何もかもさらけ出したくなる。
「じゃあ、僕に良い案があるよ」
全てを話した私に、セオ王子が一つの提案をしてきた。内容までは教えてくれなかったけれど、アルを納得させる方法だと。
傷もまだ完治していない状態で自分の不安を話した私は、疲れてセオ王子の提案を聞き終えると、ゆっくりと目蓋を落としていった。
「アルバートを見くびりすぎだよねミナは」
最後に何か言っていたような気がするが、眠気に負けた私には何を言っていたのかは聞き取れなかった。
◇◇
あれから少しずつ体調が回復した私は寝台で横になっている間、暇をもて余していた為ひたすら本を読み耽っていた。
ちなみにチート機能は暗黒竜を倒した後も継続されているのか、異世界の文字もバッチリ読める。
そんな私が今読んでいるのは、先代勇者と先々代勇者の偉業について書かれている本だ。暗黒竜を倒した後もこちらの世界に残った彼らの武勇伝が綴られた内容である。
先々代勇者の現地妻事件(事件かは知らないが)やら、先代勇者の萌え萌え日記的な話が大部分を占められている。
まぁ、私が知りたいのはそこではなく、彼らが異世界の人達と行った性行為について知りたかった――…と言うだけの理由なのだが。
案の定というか、そんな事が詳しく書かれている筈もなく。
「医学書のが良いのかなぁ」
「医学書が読みたいのか?」
「ふごぁ?!」
いきなり目の前に現れたアルに、思わずへんな声が出る。思わず読んでいた本を落としてしまった。
アルはそんな私を訝しげに見ながらも、手近にあった椅子に座り、本を拾ってくれる。
「アル…どうしたの?体はもういいの?」
動揺を押さえるように言うと、「侍女に通されたんだがな」と苦笑された。
気が付かなかった…。それほど真剣に本を読んでいたのだろうか。
「それと体はもう大丈夫だ。俺は背中に傷を負っただけだからな。ミナの方こそ早くよくなれ」
優しく微笑みながらそう言われて、頬が熱くなるのを感じた。
「いや…回復したら元の世界に帰るんだよな…回復してほしくないとも思ってしまう俺を許してほしい」
言われてハッとする。
そう。私は傷が完治したら新月の日に元の世界に還らせてもらうのだ。これについてはセオ王子がアルを説得してくれていた。
セオ王子が以前言っていた提案とやらで不承不承頷いたらしい。
「アル…ごめんなさい」
「何でミナが謝るんだ。ミナは最初から帰りたいと言っていただろう?」
溢れてくる涙をアルの指が拭ってくれる。だが、どれだけ拭ってもらっても涙が止まらない。
「一つだけ頼みがあるんだ」
流れ続ける涙を拭うように、唇をそこに寄せながらアルが呟いた。
「還る前にミナの全てが欲しい…お前を抱きたい」
「ア…ル」
「勝手な頼みだと分かっている。お前が異世界人との性行為に不安を持っている事も知っている。それでも、俺はお前の全てが欲しい」
真剣な表情のアルにどうして嫌だと、否と言えるだろう。私だって、好きな人と結ばれたい。
例え人体に影響があろうが、受け入れたい。
「アル…抱いて下さい」
傷が治ったら、私を貴方で満たして下さい。最後の思い出に――…。
一線を越える勇気を私にください。
初めて心から愛しいと思えた大切な人に、私の全てを捧げたいのです。
もう二度と会えなくなる愛しい人に――。




