狩られるよりも狩りたいです
「あの木の後ろに隠れたぞ!!」
「わかりました。魔法で動きを止めます捕縛」
銀の甲冑に身を包んだ騎士の一人が叫ぶ。それに頷いた魔法使いが木の向こう側へ呪文を唱えた。
「モォォォォ!!!!!!」
森に響き渡る鳴き声――…。いや、咆哮と呼ぶに相応しい叫びである。
ひたすら鳴き声を発しながら、動かない体をジタバタさせるように牛は鳴き続ける。
「今だ!!」
牛が身動きのとれない状態であるのを確認した別の騎士が素早く指示を出す。
「うおりやぁぁぁぁ!!」
指示を聞いた更に別の騎士が止めとばかりに、牛に斬りかかった。
「モォォォォ!!」
断末魔を響かせ、牛は絶命した。
紫色の返り血を払い、騎士は剣を鞘に納めた。
素晴らしい連携を見せた騎士三人と魔法使いは倒れた牛の前で互いの健闘を称え合っている。
それは、確かな訓練を受けた者達にしか分からない美しい戦いであった。
ナニコレ…。
その光景を遠くの方から、互いを称え合い、笑顔で勝利に酔いしれる男達の姿を私は見つめていた。
腕力特化型の勇者である私は、実戦と実益も兼ねて牛と豚を相手に拳を奮う筈だった。
勿論、動けない牛達に拳をちょんと充てるだけだ。
いきなり動いている相手に立ち向かえる程無謀でもないし、肉体を貫くだなんてとんでもない!!
魔物の体を貫いて、臓物をえぐりながら拳を引き抜く。
血が思いきり吹き出し、私の体や辺り一面を紫色の血だまりが彩る。
そして、倒れた魔物の臓物を握り潰しながらニヤリと笑って返り血で汚れた顔を拭う。
それなんてホラーですか?
想像するだけで恐ろしい。
そんな訳で牛を気絶させる程度の強さで拳を叩きつけようと考えていたのだが、アルバート王子に止められた。
「ミナにはまだ実戦は早い」
王子にそう言われては、流石のウラディミールさんも反論できず――。
結局私は、遠く安全な場所から騎士達の戦いを見ているだけとなったのだ。
「ミナ様の事は私に一任して下さると…」ブツブツとウラディミールさんが呟いていたのは、聞こえない振りをしておいた。
王子に聞かれていたら、ヤバイのではないだろうか?ウラディミールさん…。
男同士の熱いやりとりを見ながら「早くお肉が食べたい…血は紫だけど」と独りひっそりと嘆く。
「このまま森にいる牛や豚を狩ろうぜ!!」
「いいな!!今夜は焼肉パーティーだ!!」
「俺の妖刀が牛の血を欲している」
止めたげて!!
私は心の中で叫んだ。
◇◇
訓練所の裏手。
そこは神聖なる騎士達の聖域。
その聖域には、沢山の騎士達がいた。
そこには、日頃ライバルとして互いに切磋琢磨し剣技を磨く張り詰めた空気はない。あるのは互いの笑顔だけ。
「焼けたぞ!!」
ジュウウという食欲をそそる音と匂い。
鉄板の上には、薄紫色をした肉が所狭しと並べられている。
それを我先にと奪うように掴み、己の口に運んでいく。
鉄板の上がまっさらになると、素早く次の肉が並ぶ。その流れるような一連の運びに周りの騎士達からは更なる歓声が沸き起こる。
現在、訓練所裏手では騎士達による焼肉パーティーが繰り広げられていた。
結局、あれから騎士達と魔法使いはかなりの数の牛や豚を狩り続けた。
ぶっちゃけ、彼らも相当飢えていたのだろう。犬の肉もそれなりに美味しいらしいが、やはり肉と言えば牛や豚――と言うのは異世界共通のようだ。
あらかた狩りの限りを尽くすと、子牛や子豚は繁殖させる為に酪農家に売り渡し、万が一の為に体格の良さげな肉…もとい牛達はそのまま森に逃がした。
これで飼育に失敗しても、また森に行けば良いと言う考えらしい。
大量の肉を手に入れたので、一部は肉屋や料理屋に卸す。
なかなかの手際の良さには感心するが卸値は格安だ。アルバート王子の配慮による物だろう。
売った肉のお金は、暗黒竜達に蹂躙された村や町の復興に役立てられる。
肉と実益が賄える!!
「ミナ様肉が焼けたようですよ」
一皿に何枚かのお肉を乗せてロズさんが持って来てくれた。
私とアルバート王子は焼肉パーティー会場から離れた場所に用意された椅子に座っていた。
アルバート王子は騎士達の訓練所に割と顔を出しているらしく、騎士達も王子には敬意を払いながらも気さくな雰囲気がある。
今回の焼肉パーティーも私が王子に進言したのだが、王子自らが伝えると皆喜んで準備をしてくれた。
王子の人望が伺える。
コトリと机に肉の乗った皿を置かれて、私はロズさんに向き直る。
「ロズさんありがとうございます」
お礼を言うと、隣に座っていたアルバート王子が驚いた顔をしていた。
「ミナは…侍女に礼を言うのか?」
「はい。私の為にして下さっていますし」
さも当たり前という風に答えると、アルバート王子は神妙な表情のまま考えこんでしまった。
何かおかしかったのだろうか?
「まぁいいや…いただきます」
左手が持参したお味噌を、王宮料理人さんに頼んでアレンジしてもらった味噌だれを浸けて食べる。
美味しい!!
ちょっと固いけど、肉の旨味と味噌だれの風味が実に合う。
肉は薄紫色ですがね。
味自体は問題ないので、そのまま次も口に含む。
幸せ…。
「その味噌と言うのはそんなに美味しいのか?」
「はい!!王子も是非食べてみて下さい」
味噌だれを進めると、アルバート王子が一口肉を頬張る。
「不思議な味だが、旨いな」
そう言って更に肉を口に運んだ。
何だか嬉しいな。
「口直しに『梅干し』もありますからね。酸っぱいですけど」
そう言いながら梅干しを少しかじると、あの何とも言えない酸味が口内に広がった。
「ミナは色々持っているんだな」
ここ数日でアルバート王子と話しやすくなった気がする。
それまでは、相手は王子という立場もあって少し気詰まりも感じていたのだが。
今にして思えば、あの夢のおかげなのかもしれない。
ロズさんと目が合うと、私達の方を見ながら柔らかく微笑んでいた。
因みにウラディミールさんは、焼肉パーティーには不参加でした。
一応神官という立場上、沢山の人がいる中で、堂々と肉を食べるのは憚るのだとか何とか。




