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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第九話】共鳴の夜、若き日の残響

夜。


辺境の空気は、王都のそれとはまるで違う。

湿り気を帯びた冷たい風が、森の奥から絶え間なく吹き抜けてくる。

焚き火の赤い光はその風に揺られ、影を長く伸ばし、まるでウエスの背中に寄り添うように揺れ続けていた。


パチ、パチ……

乾いた薪が爆ぜる音だけが、静寂の荒野に響いている。


ウエスは一人、焚き火の前に腰掛けていた。

背後では、若い隊員たちが疲れ果てて眠りにつき、

遠くでは獣の低い唸り声が森の奥から響いてくる。


辺境の夜は、孤独を強制する。

その孤独の中で、ウエスは胸元の共鳴石を指先でそっとなぞった。


数日前――

情けないほどに己の弱音を吐き出したあの夜。

シーンのどこまでも優しい言葉に救われた。

失ったものの大きさに立ちすくむ自分を、彼女はただ包み込んでくれた。


だが、だからこそ。

これ以上彼女に余計な心配をかけたくないという、男としての、そして夫としての矜持があった。


(……今日も、少し足がもつれた。胸の奥の重さも抜けない。

 だが、こんな姿を……あいつにだけは見せたくない)


シーンは、自分の“音”に敏感だ。

ほんのわずかな乱れでも、胸を痛めてしまう。

それが分かっているからこそ、弱さを隠すのは強がりでも虚勢でもない。

彼女の心まで揺らがせないための、ウエスなりの守り方だった。


(戦場で傷つくのは俺だけでいい。

 あいつの胸まで痛ませるわけにはいかん)


胸元の石が、いつもより少しだけ重く感じられた。

今夜は、自ら共鳴石に魔力を通すつもりはなかった。


(心配をかけるだけだ。今夜は何も言わず、黙ってやり過ごそう)


そう心に決め、胸元の石からそっと手を離そうとした――

まさにその瞬間だった。


胸元の共鳴石が、ウエスの指先が触れるよりも早く、脈打つように淡い光を放ち始めた。


「……シーン?」


いつもならウエス側から繋ぐはずの通信。

揺れる光はどこか細かく震えるように小さな音を立て、

そこから響いてきた妻の声は、いつもより少しだけ硬く、強い響きを帯びていた。


『ウエス……今日、少し無理したでしょう?』


ウエスは思わず言葉を詰まらせた。


数日前は、自分から耐えかねて打ち明けた。

だが今夜は、周囲のドレイクたちにすら完璧に隠し通したはずだった。

一言も、そんな兆候は見せていないはずだった。


「……なぜ分かった? こちらの様子が見えていたのか?」


『見えてはいないわ。でもね……あなたの“音”が、ほんの少しだけ乱れているの』


(……やはり、シーンには何も隠せんか)


ウエスは苦笑混じりに息を呑んだ。

痛い時ほど口を閉ざし、何事もないように泰然と振る舞う己の悪癖を、

遥か遠く王都にいる妻はすべてお見通しなのだ。


何百キロという距離を超えて、彼女はウエスの隠した歪みを正確に聴き取っていた。


『大丈夫よね? 倒れるほどじゃない……でも、確実に無理をして強がっている音』


「……ああ。少し足元がもたついただけだ。少し疲れただけだから安心しろ」


『ならいいの。でもね……あなたの音が変わると、私の胸がどうしてもざわついてしまうのよ』


焚き火の光が赤々と爆ぜ、ウエスは愛おしさと申し訳なさから静かに目を閉じた。


(……昔から、本当にお前は変わらんな)


「何?」


通信の向こう側で、シーンが不思議そうに小首を傾げる気配が伝わってくる。


「いや。お前は昔から、俺のことばかり心配すると思ってな」


『当然でしょう? あなたの音が乱れると、私の心まで落ち着かなくなってしまうんだから』


「……すまんな、心配をかけて」


『謝らないでっていつも言っているでしょう。あなたが無茶をするたびに、ハラハラしながら心配するのも、私の大切な仕事なんだから』


ウエスは小さく声を漏らして笑った。


そうだった。

彼女は、出会ったあの日からずっと、世界中の誰よりも先に俺の痛みを最初に見つけてくれる。


そっと目を閉じれば、若き日の二人の出会いが、まるで昨日のことのように静かに脳裏へ蘇り始める――。


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