【第八十八話】 極限の活路
ガァァァンッ!!
ひしゃげた金属音が地下神殿に響き渡り、ドレイクの巨体が数メートル後方へ滑り去った。
分厚い大盾の表面には、深い亀裂が走っている。
ドレイクが血の混じった唾を吐き捨てる。
「……なんて重い一撃だ」
その最小限の一言が、カイルの理不尽な膂力を物語っていた。
盾の陰からガレンとユアンが飛び出し、左右同時にカイルの死角から刃を突き立てる。
肉を断つ確かな手応え。
だが、カイルは表情一つ変えない。
傷口から噴き出した黒霧が、まるで意思を持つ蛇のように脈打ちながら、裂けた肉と骨を一瞬で縫い合わせていく。
「駄目だ……! 斬っても突いても、端から再生しやがる!」
ガレンが忌々しげに大剣を引く。
魔力を解禁し、黒霧狼戦で完成させた「六人で一つの生命体」となる完璧な連携。
それは確かにカイルの暴威を制限し、互角の乱戦へと持ち込んでいた。
しかし、それだけだ。
圧倒的な膂力と、理不尽なまでの黒霧の再生力。カイルという存在は、物理も魔力もすべてを凌駕する『バケモノ』だった。
削り合いでは、絶対に勝てない。
そして彼らには、削り合うだけの時間すら残されていなかった。
「ウエス隊長……!」
リアナが悲鳴のような声を上げた。
崩落した柱の陰に倒れるウエス。その首筋から胸元へ向かって広がる黒紫色の侵食は、すでに心臓の真上にまで到達しようとしていた。
「猶予がないぞ……! あの侵食が心臓を食い破ったら終わりだ!」
ユアンの額を焦りの汗が伝う。
決定打がない。このままでは時間切れでウエスが死に、体力を削り切られた第九隊も全滅する。
「……倒そうとするから、いけないのよ」
息を弾ませながら、ミレイユが低く、だが鋭い声で言った。
その言葉に、第九隊の視線が一瞬だけ集まる。
「ミレイユ、どういう意味だ!」
「カイルの再生力と力は規格外よ。まともに『倒そう』としても、私たちの火力じゃ相殺される。だったら……倒すのではなく、完全に『動きを封じる』ことに全力を注ぐのよ!」
ミレイユの意図を、ガレンがいち早く理解した。
「なるほど……! 奴の再生が追いつかないほどの『一瞬の隙』を作り出し、そこに一撃必殺の火力を叩き込むってことか!」
「ええ。私が土魔法で奴の足元の地盤を底抜けに崩すわ。移動の軸を完全に奪う」
ミレイユの提案に呼応するように、リアナが杖を握り直す。
「カイルが体勢を崩した瞬間に、私が風の魔法で……ガレンとユアン、二人を上空へ打ち上げるわ!」
「上空へ!?」
ユアンが目を見開く。
「足場のない空中から、落下の勢いと私の風の推進力をすべて乗せて、上からカイルを押し潰して!」
「風に乗って、槍の刺突力を極限まで高める……」
ユアンは自身の槍を見つめ、ギュッと握り直した。空を跳び、己の体重と魔法の推進力をすべて槍の一点に集中させる一撃。今までやったことのない戦法だが、その『空から穿つ感覚』を想像した瞬間、ユアンの中で何かのピースがカチリとはまるような奇妙な直感があった。
「やれるさ」
ガレンが不敵に笑う。
「俺たちが上から奴を怯ませた瞬間、ドレイク!」
「ああ。地面に叩きつけられた直後に、俺が盾ごとぶち当たって完全に体勢を崩す」
意思疎通は、わずか数秒。
足元を崩し、上空から押し潰し、正面から吹き飛ばす。
カイルの規格外の能力を、第九隊全員の力を結集して「一瞬だけ」封じ込める。
完璧な連携だ。これで、カイルの動きは確実に止まる。
だが――その直後、ユアンの顔から血の気が引いた。
「待て……! 全員がカイルの動きを封じるのに全力を出したら……」
その先の言葉に、全員がハッとして息を呑んだ。
封殺するための連携。
それはつまり、生み出したその『一瞬の隙』に、最も重い致命の一撃を叩き込む「とどめ役」がいなくなることを意味していた。
カイルを止めても、首を落とせなければ意味がない。
だが、誰か一人でも欠ければ、カイルの動きを封じ切ることはできない。
手駒が、足りない。
完璧な戦術を描きながら、最後のピースだけが決定的に欠けている。
「くそっ……誰が最後を刺すんだよ!?」
ユアンが絶望に似た声で叫んだ、その時だった。
「――俺が、やる」
掠れた、だが確かな意思を宿した低い声。
全員の視線が弾かれたように後方へ向く。
崩落した柱の陰。
心臓の直前まで黒紫色の脈動に侵食され、息をするのも苦しいはずの男が、自身の剣を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がっていた。
「隊長……!」
顔の半分まで黒い靄に覆われながらも、ウエスの瞳だけは、かつて自身の部下であったカイルを率いていた頃と全く同じ、部隊長としての鋭い光を放っていた。
「お前たちが作る一瞬の隙……俺が、必ずとどめを刺す」
満身創痍の上官が、最後の死力を振り絞り、道を踏み外したかつての部下を止めるために剣を構えた。




