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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第八十五話】「再会……三度……」

黒霧狼が静かに灰となって消え去り、第九隊はその奥へと続く暗闇を進んでいた。

湿った冷気と、鉄と泥が混ざり合ったような不快な匂い。

地下深くから響く「ドクン……ドクン……」という底知れない地鳴りのような脈動が、足裏から全身の骨へと伝わってくる。

昨夜の死闘を乗り越え、ひとつの連携を完成させた彼らだったが、だれ一人として緊張を緩めてはいなかった。全員が武器の柄を強く握り締め、暗闇の先へ警戒の目を光らせる。


その時だった。

前方を歩いていたウエスが、突如としてピタリと足を止めた。


「……誰だ?」


ウエスの低く鋭い声に、後ろを追っていたリアナたちが息をのむ。

通路の先、崩れかけた巨大な石柱の影――松明の光も届かない薄暗い闇の中に、ぽつりと「人影」が立っていた。

それは迷宮の魔獣でもなく、黒霧でできた獣の異形でもない。どこからどう見ても、人間そのものの立ち姿だった。


(人間……? なぜ、こんな深淵に……)


第九隊の全員の脳裏に、強い違和感と戸惑いが走る。

その人影が、ゆらりと不気味に揺れた。


「……いた……」


かすれた、まるで壊れた喉から搾り出すような粘りつく声が、静寂の空洞に響く。


「……ウエス……」

「……っ、その声は――!」


ウエスが驚愕に目を見開いた、まさに次の瞬間だった。


「死ねぇっ……ウエス殺す……!!」


ドッ!!


大気が爆ぜるような凄まじい踏み込みの音が轟いた。

暗闇を切り裂き、黒い霧を纏った影が一直線に肉迫してくる。言葉を交わす余地すら与えない、純粋にして圧倒的な殺意の爆発。


「くっ……!」


ガギィィィンッ!!


ウエスは反射的に腰の剣を抜き、斜め上へとはね上げた。

強烈な閃光と火花が散り、その瞬間の光が暗闇を一瞬だけ白く照らし出す。

視界に浮かび上がったのは、禍々しい黒霧を全身から噴き出し、激昂と絶望に顔を酷く歪ませた男の相貌だった。


「カイル……!?」


後方にいたリアナとミレイユが、信じられないものを見たように悲鳴を上げた。


「みんな、下がるんだ! 間合いに入るな!」


ウエスの必死の制止が飛ぶ。

ガレンとユアンが助けに入ろうと前へ踏み出しかけたが、その足は強制的に止められた。

入ろうにも、入れないのだ。

二人が繰り出す剣の激突から生まれる凄まじい剣風と、暴風のような狂気が、周囲一帯に絶対的な立ち入り禁止の領域を作り出していた。一歩でも小足を踏み入れれば、その殺気の渦に巻き込まれて細切れにされかねない。


かつてのカイルではない。

身体能力、踏み込みの深さ、振り下ろされる剣の質量――すべてが常軌を逸した領域へと引き上げられていた。


ガガガガガガンッ!


神殿の跡地に、連続する凄惨な金属打撃音が激しく響き渡る。


(……魔力を吸い取ってはいない……!)


超高速度の攻防の渦中で、ウエスは冷徹に相手を観察していた。

先ほどの黒霧狼のように、こちらの魔法や物理攻撃を無効化したり、魔力を吸収して糧にしたりするような異質な現象は起きていない。カイルには攻撃が確実に通じる。

だが――攻撃が「通じる」ことと、「防ぎきれる」ことは全く別だった。


圧倒的な速さと重さの暴力。

ウエスは泥臭く培ってきた技術のすべてを注ぎ込み、剣の腹で受け流し、最小限の体裁きで直撃を逸らすので手一杯だった。反撃の糸口どころか、呼吸する一瞬の隙すら与えられない。

完全な防戦一方。


「ぐっ……ガハッ!」


受け流しきれなかった重圧の余波が胸を叩き、ウエスは岩盤の上を叩きつけられるように数メートル後退した。胸の奥が焼き切れるように熱く、口から鮮血が噴き出す。


「ウエス隊長!」

「来るなと言っている!」


血を吐きながら立ち上がるウエスの眼前に、すでにカイルの追撃が迫っていた。休む間もなく、死力を尽くした防衛戦が再開される。


だが、本当の地獄はここからだった。


(……な、んだ……手が……!?)


刃を重ねるたび、カイルの身から溢れ出る黒霧が、ウエスの剣を伝ってその両腕へとまとわりついていた。

それは単なる煙ではない。

肌に触れた瞬間から、ズブズブと毒のように皮膚を通り抜け、肉体へと染み込んでくる。

氷のように冷たく、そして、泥のように重い。


黒霧が侵食したウエスの両腕から、急速に感覚が失われていくのが分かった。

血管の中の血が凍りついていくような不快な痺れ。剣を握り込む指先の力が失われ、攻撃を受け流す腕の動作が、わずかに、しかし致命的に遅れ始めていた。


(動きが……鈍っていく……! 身体が、拒絶している……!?)


黒霧はウエスの手首から肘、肩へ、そして胸元へと着実に侵食の範囲を広げていく。

ただでさえ圧倒的なカイルの暴力に対し、こちらの身体は刻一刻と自由を奪われ、麻痺していくのだ。


「ウエス……ウエス……!」


感情を削ぎ落としたような、カイルの濁った赤黒い瞳が至近距離でウエスを捉える。

黒い霧を纏ったカイルの剣が、侵食によって動きの鈍ったウエスの死角から、容赦なくその首元を狙って振り抜かれた。


(まずい……このままじゃ……!!)


ウエスの視界が、不気味な黒い冷気に塗りつぶされようとしていた。

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