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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第八十一話】 忍び寄る不穏たち

 王都の第一治療院は、ここ数日、異様な喧騒と疲労に包まれていた。

「シーンさん! 第四区画に急患です!」

「すぐ行きます!」

 血相を変えて駆け込んできた若い治療師の声に、シーンは額の汗を拭う間もなく駆け出した。

 ベッドに運び込まれていたのは、王都の警備を担う若い兵士だった。

 意識はなく、顔面は土気色。呼吸は浅く、今にも消え入りそうだった。

 シーンはすぐに手をかざし、診断の魔法を展開する。

 だが。

「……外傷は、ありません。毒や病の兆候も……」

 シーンの言葉に、周囲の治療師たちが重苦しい顔を見合わせた。

「またか……」

 年配の治療師が、忌々しげに舌打ちをする。

 兵士の身体には、剣で斬られた傷も、打撲の痕すらなかった。

 ただ一つ明らかな異常は、彼の体内から『魔力』が完全に枯渇していることだった。

 魔力は生命力と密接に結びついている。限界を超えて魔法を行使すれば、最悪の場合、死に至る。

 しかし、運び込まれてくる兵士たちは皆、大規模な魔法を使った形跡など一切なかった。ただ通常の巡回任務に就いていただけだと言う。

「今日だけで四人目だぞ……。原因不明の魔力枯渇なんて、異常すぎる」

「午前中に運び込まれた二番隊の者は、先ほど息を引き取ったそうだ……」

 治療師たちの間に、拭いようのない不安が広がっていく。

 外傷がない以上、治療魔法もポーションも効果が薄い。失われた魔力が自然に回復するのを祈りながら、生命維持の処置を施すことしかできなかった。

 その重苦しい空気を断ち切るように、治療院の院長が足早に姿を現した。

「お前たち、少し静かにしろ」

 院長の声は低く、どこか周囲を警戒しているようだった。

「院長、この魔力枯渇の症状ですが、王都のどこかで何か魔力的な事件が――」

「その件については、これ以上の詮索を禁ずる」

 ピシャリと撥ね退けられた言葉に、シーンは僅かに目を細めた。

 院長は周囲の治療師たちを牽制するように見回し、声を潜める。

「宰相府からの通達だ。この原因不明の症状について、外部へ漏らすことは固く禁じられている。破れば、王都の治安を乱す者として処分されるぞ」

(……宰相府からの、通達?)

 シーンの胸中に、強い違和感が渦巻いた。

 早すぎるのだ。

 これほど奇妙な症状の患者が連続して出始めたのは、ほんの昨日からのことだ。治療院側ですら全容を掴みかねているのに、なぜ宰相府は即座に事態を把握し、まるで『あらかじめ知っていた』かのように箝口令を敷けるのか。

 混乱する現場をよそに、上層部だけが妙に冷静に立ち回っている。

 それが、シーンにはどうしようもなく不気味に思えた。

 小休憩を取るため、シーンは治療院の裏庭に出た。

 冷たい風が頬を撫でる。

 ふと、石畳の隅に視線が引き寄せられた。

 建物の影の淀んだ場所に、薄く、本当に微かにだが、黒色の靄(もや)のようなものが漂っている。

(……何かしら、あれ)

 しゃがみ込み、じっと見つめる。

 ただの影ではない。意思を持っているかのように、ゆらゆらと形を変えながら、石畳を這うようにゆっくりと広がっている。

 数日前までは、こんなものは確実になかった。

 嫌な予感がして、シーンは胸元を無意識に強く握りしめた。

 服の下にある、ウエスと自分を繋ぐ『共鳴石』。

 いつもなら、そこに意識を向ければ、ウエスの確かな存在感や温もりが伝わってくる。

 だが――。

(繋がりが……薄い)

 目を閉じても、ウエスの気配がひどく遠い。

 深い水底に沈んでしまったかのように、輪郭が掴めないのだ。

 時折、チリッ、とノイズのような微かな反応が石から伝わってくる。だがそれが、ウエスが何かを伝えようとしているのか、それとも共鳴石そのものに異常な干渉が起きているのか、今のシーンには判然としなかった。

 直接的な危険を感じるわけではない。

 ただ、すべてが不確かなまま、霧の中に迷い込んでしまったような感覚。

(何かがおかしい……)

 迷宮の最深部に向かっているウエスたち。

 魔力を失い倒れる兵士たち。

 宰相府の不自然な動き。

 そして、足元を這い寄り始めた薄黒い靄。

 バラバラだった事象が、見えない地下水脈で不気味に繋がっているような悪寒。

 シーンは顔を上げ、どんよりと曇り始めた王都の空を見上げた。

(王都でも、何かが始まっている……)

 静かな、だが確実な異変の足音が、すぐそこまで迫っていた。

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