↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/89

【第七十八話】 地下湖の水中戦

 地下湖が揺れた。


静まり返っていた水面が大きく盛り上がり、黒い波が岸へと押し寄せる。

ガレンは大剣を抜いた。

「来るぞ」


次の瞬間。

轟音と共に湖が爆ぜた。

巨大な水柱が天井近くまで吹き上がる。

その中心から姿を現したのは、長い胴体を持つ水棲の異形だった。


蛇のような身体。

魚のような頭部。

黒い鱗が青白い光を反射し、その隙間を舐めるように水流が循環している。尾が僅かに揺れるだけで、湖全体が共鳴するように波打った。

その周囲には、濃密な魔力が渦巻いている。


魔物が咆哮した。

空気が震える。

いや、違う。膨大な魔力そのものが空間を揺らしているのだ。

リアナが思わず眉をしかめる。

「この圧力……!」


その瞬間だった。

魔物の周囲に幾重もの魔法陣が浮かび上がる。

湖面が裂けた。

数十。いや、百は超える水槍が出現した。


「下がれ!!」

ドレイクが前へ出る。

大盾を構える。

その直後だった。

百を超える水槍の群れが、一斉に殺到した。


ドドドドドドドドドッ!!


爆発にも似た衝撃が連続する。

一発ごとに盾が震え、軋む。

二発。

三発。

四発。


押される。岩盤が削れ、ドレイクの足が後ろへ滑る。

それでも踏み止まる。

後ろには仲間がいる。

そして何より、自分はもう守られるだけの存在ではない。隊長に鍛えられた日々は、決して無駄ではなかった。


「まだだァ!!」

さらに水槍が降り注ぐ。

その時、盾の表面に小さな亀裂が走った。

ドレイクの瞳が僅かに揺れる。だが、決して一歩も退かなかった。


その横をガレンが駆け抜ける。

「燃えろっ!」

炎の斬撃が湖面へ走る。

しかし――

ジュウウウウッ!!


激しい蒸発音と共に、炎は虚しく泡へと変わった。

届かない。火力が完全に殺されている。

水中は完全に敵の領域だった。


「くそっ……!」

リアナも風刃を放つ。

だが、風は水中に吸われるように拡散し、威力を失った。まるで湖そのものが攻撃を呑み込んでいるようだった。


すると、魔物が巨大な尾を振るう。

湖面が隆起した。

津波だ。

圧倒的な質量の壁が、真っ直ぐ四人を呑み込もうと迫る。


「伏せて!!」

リアナが咄嗟に暴風を放つ。

風と水が正面衝突した。

轟音。飛沫。白い霧。

視界が奪われ、四人の身体が吹き飛ばされそうになる。

不利だった。圧倒的に。


だが、その中で。

ミレイユだけが魔物を見ていなかった。

視線は湖へ向いている。

魔導計測器の数値。湖を流れる魔力。魔物へ集まる光。

何かがおかしい。


すると突然、計測器がけたたましい警告音を鳴らした。

ピピピピピッ!

限界を突破して跳ね上がる数値に、ミレイユは「ひっ」と息を呑んで硬直した。


「……?」

ミレイユは目を見開いた。

湖全体を流れる魔力が見えた。

いや、流れているのではない。吸われているのだ。

まるで湖そのものが巨大な血管となり、魔物へ生命を送り込んでいるかのように。


「そういうことですか……!」

ミレイユの声が響く。

「ガレンさん!」

全員が振り向く。

「魔物は湖から魔力を吸収しています! 傷の再生も強化も、全部それです!」


確かに、今まで付けたはずの傷が瞬時に塞がっていた。

「湖と繋がっている限り、勝てません!」


ガレンが歯を食いしばる。

普通に戦えば削り負ける。

なら、勝ち方を変えるしかない。

「引きずり出すぞ」


リアナが湖を見た。

荒れ狂う水面。普通の風では意味がない。

切るのではなく。

押す。押し潰す。湖そのものを力で抑え込む。


「私が水面を割ります」

ドレイクが振り向く。

「できるのか?」

リアナは答えない。額を冷たい汗が流れる。

失敗すれば終わる。誰かが死ぬ。そんな予感が胸をよぎる。

それでも。

(隊長なら、迷わない)


リアナは深く息を吸った。

「私が、道を作ります」


ガレンが不敵に笑う。

「十分だ」


魔物が再び突進してくる。

湖面が裂け、巨大な顎が迫る。


ほんの一瞬。

時が止まったかのような静寂が落ちた。


その瞬間、リアナの魔力が爆発した。

「今ですッ!!」


轟風。

地下湖そのものが悲鳴を上げた。

極限まで圧縮された暴風が、湖面へと叩きつけられる。

足元の岩盤が悲鳴を上げてひび割れた。

巨大な水面が沈む。波が潰れる。

だが、割れない。


「っ……!」

リアナの膝が震えた。

体内の魔力が、内側から焼かれるような激痛を伴って削り取られていく。

風が一瞬途切れ、終わりかける。

それでも歯を食いしばり、さらに押し込む。

さらに。

さらに。

そして――パキン。


巨大な氷が砕けるような音が響いた。

湖面に亀裂が走る。

一本。二本。三本。

次の瞬間、水が左右に割れ、巨大な裂け目が生まれた。

湖底が露出する。

その時間は、わずか数秒。

だが、十分だった。


ガレンが駆ける。

踏み込む。


一瞬の静寂の中、ガレンは宙へと跳んだ。


躍り出た瞬間、脳裏を一つの背中がよぎった。

泥にまみれ、血を流し、それでも誰より前を歩き続けた背中。

ずっと追い続けてきたあの日々が、胸の奥を熱くする。

ガレンは笑った。

もう、一切の迷いはなかった。


「見てろよ、隊長」


炎が剣へ集まる。

赤。蒼。そして白。

極限まで圧縮された超高熱が生まれる。

剣身が、まるで太陽そのもののように眩く輝いた。

「うおおおおおおおおおっ!!」


振り下ろした。

白い炎が、露出した湖底へと突き刺さる。


一瞬。

世界からすべての音が消え去った。


そして――世界が白く染まった。

ドォォォォォォォォォンッ!!!


超高熱が周囲の水壁と衝突する。

膨大な水が、瞬時にして蒸発した。水蒸気爆発だった。

地下湖全体が激しく震える。

天井が揺れ、岩盤が悲鳴を上げて軋む。

強烈な爆風が、空間のすべてを吹き飛ばした。


音が消えた。

ガレンの耳には、甲高い耳鳴りしか届かない。

キィィィィン……。

ただ、圧倒的な静寂だけがそこにあった。


白い蒸気が分厚い壁のように広がり、視界が完全に奪われる。

何も見えない。

何も聞こえない。


やがて、足元の地面だけがズズン、と重く震えた。

その濃密な蒸気の向こう。

何かが、凄まじい勢いで陸地へ吹き飛んでくる気配があった。


蒸気の壁を突き破り、魔物が姿を現す。

巨体が陸地へと叩きつけられた。水から切り離され、悶え苦しんでいる。


「ドレイク!!」

「任せろ!!」

ドレイクが突進する。大盾を構え、巨体へと激突した。

轟音。

身体中の骨が悲鳴を上げる。盾の亀裂がさらに広がる。

それでも。

止めた。完全に。


普段の冷静さを投げ捨て、ミレイユが悲痛なまでの叫び声を上げた。

「今です!」

魔導計測器が光る。魔力の流れが一点へ収束している。

胸部。中心。核。

「胸の中央です!!」


リアナの風が魔物の巨体を縛り上げる。

一秒。

その一秒で、十分だった。

ガレンが走る。

仲間が作った道。仲間が繋いだ好機。

ならば、自分は全力で応えるだけだ。


「終わりだァァァァァ!!」


白き炎の大剣が振り抜かれる。

閃光。一閃。

魔力核が、乾いた音を立てて砕け散った。

魔物の絶叫が地下湖へ響き渡り――そして、ゆっくりと崩れ落ちた。


静寂。

荒れ狂っていた地下湖が、少しずつ元の静けさを取り戻していく。

誰もすぐには動けなかった。

肩で息をする。汗が落ちる。疲労で膝が震える。

それでも、四人は生きていた。

勝ったのだ。

隊長抜きで。第九隊の力だけで。


その時だった。

湖底が淡い光を放った。

青白い術式が浮かび上がる。

水が引いた湖底に姿を現したのは、巨大な石門だった。

長い年月を水に削られた痕跡。石門の表面には、激しい水流によって無数の深い溝が刻み込まれている。

欠けた古代文字。半ば失われた紋様。

だが、その欠損部分を満たすように青い光が走り、中心の術式だけは確かに脈打っていた。

まるで、迷宮の鼓動と同期するように。


ミレイユが息を呑む。

「この術式……」

震える声が漏れる。

「『穴』……『光』……『道』……同系統です」


ガレンたちが石門を見上げる。

その光は、どこか遠くへ導くように細く続いていた。

ミレイユが低く呟き、そして確信を帯びた視線を向けた。

「もしかしたら……これは、隊長たちへ続く道かもしれません」


石門が眩く輝いた。

地下湖の闇を切り裂くように、一筋の光がその先へと伸びていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。