【第七十七話】 地下湖へ
土煙がゆっくりと晴れていく。
崩落した瓦礫の山を挟み、ガレンは必死に声を張り上げた。
「隊長っ! ユアンっ!」
「おい、返事をしてくれ!」
ドレイクが大剣で岩壁を叩き、リアナが風を送って向こう側の気配を探る。だが、返ってくるのは冷たい反響音と、空間の裂け目が軋む嫌な音だけだった。
完全に道は閉ざされていた。いくら力任せに抉じ開けようとしても、地脈がねじれ切ったこの場所では、迂闊に動けばさらなる崩落を招くだけだ。
一方のウエスも、耳を澄ませていたが、仲間の気配はもう微塵も感じられなかった。
(完全に、分断されたか……)
魔力を失った身体で、迷宮の奥に取り残される。本来なら絶望してもおかしくない状況だったが、ウエスの表情に焦りはなかった。
ふと、隣を見る。ユアンが顔を青ざめさせ、小刻みに震える拳を握り締めていた。
「本当に……大丈夫なのか……?」
絞り出すようなユアンの問いに、ウエスはしっかりと頷いてみせた。
「ああ。あいつらは強い。それに……俺たちを信じて進むしかない」
ウエスは前を向いた。
進むべき道は一つしかない。二人はそのまま、迷宮のさらなる深部へと歩みを進めた。
* * *
ウエスとユアンが足を踏み入れた通路は、進めば進むほど奇妙な変化を見せ始めていた。
ドクン。
ドクン。
懐にしまった共鳴石の鼓動に似た脈動が、足元の地面や壁からダイレクトに伝わってきていた。壁面に刻まれた古代文字の摩耗した溝に、淡い、青みがかった光が脈打つように走り始める。
「この迷宮……生きているみたいだ」
ユアンが息を呑み、壁に触れていた手を引っ込めた。
壁がまるで呼吸するように膨らみ、縮んでいる。それは冷たい石壁ではなく、巨大な何かの体内を歩いているかのような、底知れぬ気味悪さだった。
(……この鼓動、共鳴石の反応とも違う。だが、奥に何かがある)
ウエスは胸の奥で高鳴る鼓動の正体を確かめるため、さらに足を速めた。
* * *
一方、ガレンたちのいる区画では――。
激しい空間変動が収まり、暗い岩陰に静けさが戻った時、ガレンの呼びかけに答えるように足音が響いた。
「――ガレンさん!」
「ミレイユ、リアナか!」
一度は別の横道へ呑み込まれていたミレイユとリアナが、壁伝いに這うようにして合流を果たす。ドレイクを含めた四人が揃い、まずは最悪の事態を免れたことに全員が息を吐き出した。
だが、すぐに険しい表情に戻る。
「隊長とユアンの姿が見えない……!」
ガレンが崩れた通路の瓦礫へ駆け寄り、必死に声を張り上げるが、返ってくるのは冷たい反響だけだった。
「戻るぞ。あの人たちだけで深部に行かせるわけにはいかない」
大剣を構え直して道を引き返そうとしたガレンを、ミレイユが青ざめた顔で押し止めた。
「待ってください、ガレンさん! 空間の裂け目の向こうは強力な魔力回路が乱れすぎています。無理に戻ろうとすれば、私たちごと空間の歪みに押し潰されます」
ミレイユが突き出した小型計器は、限界を超えた警告音を鳴らし続けていた。
ガレンは歯噛みし、握りしめた拳を震わせた。ここで感情のままに突撃すれば、全員が共倒れになる。
ふと、ガレンは頭を振って、迷いの色を消し去った。
「……いや、隊長なら――あの人なら、俺たちがここで足踏みすることを望まないはずだ」
信頼の重みが、ガレンの声音に確かな芯を与えていた。
「隊長を信じよう。俺たちは、俺たちにできることをやる。別のルートで必ず合流するぞ」
ドレイクがフッと不敵に笑い、大盾を叩いた。
「いい判断だ、代理隊長。ヒナ鳥のままでいるわけにはいかないからな」
リアナもミレイユも力強く頷き、四人は隊列を組み直して別ルートの探索へと踏み出した。
* * *
複雑な縦穴や崩落跡を抜けた先、ガレンたちの視界が突突如として開けた。
「……なんだこれ」
思わずドレイクが呟く。
そこにあったのは、迷宮の底に広がる果てしない地下空間だった。
天井にびっしりと張り付いた発光結晶が青白く冷たい光を放ち、足元を洗うのはただの水たまりではない。湖面全体から濃密な魔力が揺らめき立つ、巨大な地下湖だった。
「水じゃない……湖の底から、底知れない魔力が流れ込んでいるわ」
ミレイユが測定器を覗き込むが、画面の数値は振り切れ、けたたましいエラー音を奏でてブラックアウトした。
湖底の深淵を凝視すれば、崩れ落ちた古代遺跡らしき巨大な建造物の影が沈んでいる。
「……! 奥を見てください」
リアナが細い指先で湖の対岸を指し示す。
波立つ湖面の向こう、遺跡の隙間を抜けた先に、さらなる深部へと続く確かな「道」の影が見えていた。あそこへ行かなければ、先の目的地へは進めない。
しかし、道に至るにはこの底知れぬ地下湖を越えなければならない。
水面から伝わる殺気と圧倒的な魔力のうねりに、四人は身構えた。
静まり返っていた湖面が、ぐにゃりと歪む。
小さな波紋が広がり、次の瞬間、水面が盛り上がりを見せた。
湖底の暗闇から、ゆっくりと――しかし圧倒的な質量を持った巨大な影が、水面へと浮上を開始する。
逃げ場のない地下湖の空間に、肌を刺すような殺気が満ちる。
四人は反射的に武器を構えた。
水柱が爆発するように激しく立ち上がる。
姿を現した異形の魔物を前に、ガレンは冷や汗を拭い、叫んだ。
「来るぞ!」
巨大な咆哮が地下湖を揺るがし、水飛沫が四人の視界を白く染め上げた




