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辺境の元英雄と光の癒し手 -共鳴の絆-  作者: もちすけ34


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【第七十六話】分断

 迷宮の底へと続く通路は、もはや石造りの遺跡というより、冷たい生体組織の巣窟のようだった。

 壁面に浮かぶ黒い血管は絶えず脈を打ち、視界を覆う霧は、侵入者の魔力を削り取るようにねっとりと重い。

「……これ以上無理に進むのは悪手だな。今日はここで一度、体勢を立て直す」

 ガレンの提案に、ドレイクやミレイユも異議を唱えなかった。

 これ以上魔力の濃い深部へ踏み込めば、戦闘になる前に魔力酔いや消耗で動けなくなる者が出る。第九隊は、通路の脇にぽっかりと口を開けた、比較的安定した岩陰を仮の野営地として確保した。

 交代で警戒に当たる当番を決め、各自が短い休息に入った時、ウエスは少し離れた岩の背後に腰を下ろした。

 静寂に包まれた闇の中で、彼は懐から一際温かな光を放つ石を取り出す。

――共鳴石。

 魔力を込めると、わずかなノイズの向こうから、いつもの柔らかく芯のある声が返ってきた。

『……ウエス?』

「ああ。……夜分にすまない、シーン」

『ううん、起きてたわ』

 石の向こうの気配を感じ取り、ウエスの強張っていた肩の力がわずかに抜ける。

 その王都の自室では、セレンがすでに自分のベッドに入っている頃だった。だが、いつもの穏やかなやり取りのあと、シーンは少し苦笑いを混ぜながら、こんなふうに話してくれた。

『ねえ……セレンがさっきまで、「お父さんは今日もお仕事の続きなの?」って、何度も起きてきてしまって。あなたが教わってきた木剣の型を見せるんだって、すっかり張り切っていたのよ』

 石越しに、息子の寝顔を見守るようなシーンの優しい声が響く。

「そうか……。寂しい思いをさせてるな」

『ううん、責めているわけじゃないの。ただ……』

 シーンの言葉が、ふっと途切れた。

 同時に、手元の共鳴石の光が、まるで冷たい風に煽られたように――一瞬、細く、弱く揺らいだ。

『……なんだか今日、すごく胸騒ぎがするの。あなたが遠くへ行ってしまうような、そんな変な不安があって……』

「シーン?」

『ううん、なんでもないわ。……ただ、声を聞きたくなったの』

 ウエスは眉を寄せ、石を強く握りしめた。

「……少し、声が遠い気がする」

 王都と辺境という距離の問題ではない。肌で感じる圧倒的な拒絶感。

『迷宮のせいかもしれないわね』

 シーンは努めて明るく、けれどどこか切なさを纏ったような声を返した。

『そう……。でも、ちゃんと聞こえてる。あなたの声は、ちゃんと届いてるわ』

「ああ。俺もだ」

『気をつけてね、ウエス。私とセレンは、ここで待ってるから』

「あぁ。必ず、戻る」

 共鳴石の光がゆっくりと収まり、通信が途切れる。

 だが、その残響には先ほどまでの確かな温もりとは違う、冷たい手触りがわずかに残っていた。

(……繋がりが、薄くなっている?)

 嫌な予感がウエスの胸をかすめたが、彼はそれを静かに押し殺し、懐へ石をしまった。

 そして、翌朝。

 太陽の光など届かない迷宮の底において、それは単に「夜が明けて再び行動を開始する時間」を意味していた。

 各々が手早く携帯食糧を口に含み、荷物を背負い直す。

「よし、昨日の続きだ。気を引き締めて行こう」

 ガレンが前衛としての気合を入れ直した、まさにその時だった。

「っ……魔力が、逆流してる!?」

 ミレイユの悲鳴に近い声が響いた瞬間、周囲の空間が激しく明滅した。

 昨夜まで身を寄せていた岩陰の壁面が、まるで生き物のようにうねり、通路の形を全く別のものへと組み替えていく。地脈の暴走が限界を超え、空間そのものが引き裂かれようとしていた。

「離れるな! 隊列を維持しろ!」

 ガレンが叫び声を上げ、愛用の大剣を地面に突き立てて踏みとどまろうとする。

 しかし、吹き荒れる魔力の暴風は、彼らの意志などお構いなしに引き剥がしていく。

「ガレンさんっ!」

 リアナが風を纏ってガレンに手を伸ばそうとした瞬間、足元の床がグシャリと音を立てて陥没した。

 発生した空間の裂け目が、リアナとミレイユの足元を容赦なく引き離す。

「きゃっ……!」

「リアナ!」

 ミレイユが手を伸ばすが、間に合わない。二人は激しい魔力の奔流に押し流され、別の横道へと呑み込まれていった。

「くそっ……!」

 ガレンが踏み込もうとしたが、今度はドレイクが大盾で彼の進路を防がざるを得なかった。

「動くなガレン! 天井が崩れる!」

 轟音と共に頭上の岩盤が崩落し、ガレンとドレイクは頑丈な岩壁に阻まれるように、別の区画へと押し出された。

 すべてが静まり返った瓦礫の底で、ウエスはわずかに息を吐き出し、視線を前へと向けた。

 少し離れた崩落の向こう側からは、ガレンたちの懸命に呼ぶ声が微かに響いてくる。だが、その間を塞ぐように幾重もの岩盤とねじれた空間の裂け目が横たわり、もう同じ通路に戻ることはできなかった。

 シーンの声がかすかに遠のいた翌朝、今度は仲間との絆が、迷宮の悪意によって引き裂かれる。

 運命に導かれるように、第九隊は二手に分かれてしまった。

 そして、ウエスとユアンだけが、さらなる深淵へと続く道に残された。

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