【第七十話】 第九辺境騎士団
冷たい森の空気がわずかに緩んだ開けた場所で、ウエスは倒木に静かに腰を下ろした。彼を囲むように、第九隊の面々が自然と半円を作る。戦場の張り詰めた空気は、指揮所特有の静謐で理知的な空気へと変わっていった。
ガレンが一歩前へ踏み出し、落ち着いた声で口を開く。
「隊長。あなたがいない間に起きたことを、順に報告します」
それは単なる戦果報告ではない。不在の間に彼らがどう足掻き、どう成長したかを示す、ひとつの証明でもあった。
まずガレンが語る。ウエスからの手紙を受け取り、帰還までこの地を守ると誓ったこと。ガレンが実質的な指揮を執り、新型の大盾が支給されてドレイクの防御力が飛躍的に上がったこと。ガレンは静かに言った。
「俺たちは……もう自分たちで戦況を作れるようになりました」
ウエスは言葉を挟まず、ただ深く頷いた。
次にミレイユが進み出る。彼女の報告は森の生態系に起きている異常についてだった。
「地底蜘蛛が地上に出現しました。風の乱れ、地面の脈動、魔物の異常行動……迷宮の瘴気が地脈へ流れ込んでいます。森は、もうただの“森”ではなくなりつつあります」
その言葉に、ウエスの表情がわずかに強ばる。
ユアンは槍を握り直し、少し照れくさそうに、しかし誇りを滲ませて話し始めた。黒い血管のような異常を帯びた野盗との遭遇。最初はウエスの戦い方を真似て失敗したが、最後には自分の戦い方を確立して単独で撃破したこと。戦いの終わりに野盗が残したという「穴」「光」「道」という謎の言葉。
「俺は……俺の戦い方で行く、と決めました」
ガレンが横から短く「よくやった」と添える。ウエスはユアンの目を真っ直ぐに見据え、静かに言った。
「……よくやった」
報告は戦術の進化へと続く。力任せの戦いから脱し、風の流れに刃を乗せる術を掴み始めたガレン。癒しと受け流しに留まらず、仲間を導く“疾風”へと変わりつつあるリアナ。
「ガレンさんの烈火の踏み込みに、私の風が合わせられるようになりました」
リアナが胸を張ると、ウエスは眩しいものを見るように目を細めた。
だが、ミレイユが再び口を開くと場の空気は引き締まる。
「王都の記録と照合したのですが、黒ずんだ土が森以外の辺境の村でも見つかっています。野盗の言葉――『穴が、光が、道を作った』と地脈の異常が繋がる。これは辺境だけの問題ではない、世界規模の異変の始まりかもしれません」
重い沈黙が落ちる。その沈黙を破ったのはウエスだった。彼は王都での封印区画の揺らぎと、微かに感知され始めた黒霧の反応について語る。そして、自身の身体についても。
「……俺も、戻るための身体を作ってもらった。魔力はまだ戻っていない。だが、身体は段階的に回復している。無茶はしない」
遠く王都にいる『光の癒し手』の確かな存在と、その温もりが第九隊に安堵をもたらす。彼らは静かに頷いた。
最後にガレンが再び前へ出る。野盗拠点の完全制圧、古代魔導文明の空間術式を組み込んだ転送ペンダントの確保、そして術者の撃破。ガレンは言葉を区切り、ウエスを真っ直ぐに見据えた。
「隊長。俺たちは……あなたがいない間に、ここまでやりました」
ウエスは深く冷たい空気を吸い込み、胸の奥から込み上げる熱を抑えるように低く答える。
「……誇りだ。お前たちは、俺の誇りだ。だが、ここからは――一緒に行く」
第九隊の背筋が一斉に伸びる。復帰した隊長としての、最初の指示が下される。
「ミレイ。ペンダントの解析を続けてくれ。王都へは送らない」
「……いいの?」
「ああ。王都でも異変が起きている以上、迷宮化の中心であるこの辺境の現場で調べる方が早い」
「了解。現地で解析を進めるわ」
ミレイユは短く笑った。
「第九隊は、森の変化を追う。これは辺境最大の異変だ。原因は……迷宮そのものだろう。迷宮の『穴』と『光』と『道』。その正体を突き止める」
リアナが風を纏わせ、低く頷く。
「風も、森が何かを呼んでいるって言ってるわ」
「行きましょう。隊長と一緒に」
ユアンが槍を強く握る。
「守るのは俺たちの役目だ。任せておけ」
ドレイクが大盾を叩き、重い音を響かせた。
ウエスは倒木から静かに立ち上がる。魔力は空っぽで、身体はまだ完全ではない。だが、大地を踏みしめるその足取りは誰よりも確かだった。
「行こう、第九隊。迷宮が呼んでいる」
彼らが歩みを進める遥か先、森の深淵では這い寄るような濃密な黒霧がわずかに脈動し、新たな死闘の始まりを静かに告げていた。
これで「第二部新たなる戦い編」が完結です。
ウエスを欠いた第九隊の成長とウエス自信が新たなる思いを胸に戦線に復帰。
世界の異変に挑みます。
ぜひ、引き続き読んでみてください。




